ここで挙げた2050年の日本社会のシュミュレーションが、もし現実のものとなったならば日本は間違いなく国家存亡の危機を迎えると心しなければならないと思います。

2050 老人大国の現実』 

超高齢化・人口減少社会での社会システムデザインを考える

小笠原泰 渡辺智之    東洋経済新報社   2012/10

<実質GDPは現在より4割落ち込み、国税収入のほとんどを貧しい高齢者の生活保護で使い切る>

2025年には団塊の世代が後期高齢期に入り終える。2050年には団塊ジュニアの世代が後期高齢期に入り終える。このままでは、その時、実質GDPは現在より4割落ち込み、国税収入のほとんどを貧しい高齢者の生活保護で使い切る。

・国家の役割を限定し、国が提供するサービス、国家と個人の関係を見直さなければ、社会保障制度の破たんは避けられない。そのような大改革を、国民は英断しなければならない。

・それは、「社会保障制度の維持には、国民が分配するパイの拡大が必要であり、人口が減少する高齢化社会を迎えても、具体的方法は分からないが、日本経済をなんとか持続的経済成長軌道に回帰させ、それが低成長であれば、それに応じて現行の社会保障制度の見直し(最低限の給付削減)をはかることで、現行の問題が、運がよければ結果的に発展的解消していくことを期待して、それを目指す」というものではないでしょうか。

2050年に向って確実に進行する中長期的危機に、これまでの延長線上の発想で対応しようとしても、まったく歯が立たないということです。

・本書が読者として念頭に置いているのは、2050年における日本の状況を、自分自身の問題として、受け止められる、あるいは、受け止めていかざるをえない、という意味で当事者である若い世代の方々です。

・そもそも、平均寿命が80歳を超え、90歳の声を聞こうかという超高齢化社会では、人間の人生設計(いくつまで働くのか)そのものが、これまでとは大きく異なることを、高齢者も含めて社会が強く認識すべきであるのです。

<次なる波動の団塊ジュニア世代の現実とは>

・団塊世代に続く人口波動である団塊ジュニア世代(19701974年生まれ)ですが、確かにその数的インパクトは、団塊世代に比して、団塊ジュニア世代の状況は厳しいものがあります。事実、団塊ジュニア世代は、就職氷河期を通り、非正規雇用率が前の世代に比べて高く(年代別非正規雇用率(男性))、かつ、今後の経済成長が期待できないなかで、年功序列型の昇給制度は終焉を迎えています。

2012年現在で、先頭が40歳を過ぎた団塊ジュニア世代の老後はかなり貧しい>

・このような大きな人口波動である団塊ジュニア世代が、後期高齢期を迎えるのが、2045年から2049年に当たります。

 加えて、団塊世代が後期高齢期を迎え終えた2025年と団塊ジュニアが後期高齢期を迎え終えた2050年の高齢者の比率を比較すると、75歳以上が18.1%から24.6%(65歳以上は30.3%から38.8%)に上昇します。この高齢者比率の上昇に加えて、2050年に75歳以上を迎えている団塊ジュニア世代は、蓄えも乏しく、団塊世代のように豊かでないわけですから、社会保障制度への負荷は、人口規模によるインパクト以上に大きいと考えてよいといえます。

<見据える視圏は2050年>

・上記のように、経済成長の問題、人口ピラミッドと高齢者/現役比率の問題、団塊ジュニア世代の経済状況の問題など、多面的に見てみると、新たな社会システム設計のための日本のビジョンを構築するうえでの視圏としては、人口波動第一波の団塊世代のインパクトに着目する2025年よりも、総合的な負のインパクトがより大きいと想定される第二波の団塊ジュニア世代に着目する2050年がより妥当ではないかと思います。

・高齢者/現役比率が高止まりする2080年代は、ある意味で、日本社会の終着点ではあると思いますが、将来ビジョンの構築において着目するには先すぎるでしょうし、2050年の団塊ジュニアの波動をしのげなければ、そこまで、日本と言う国家は生き延びていないのではないかと思います。

・逆に言うと、団塊の世代に対して、思い切った施策を講じることができなければ、社会保障制度の抜本的改革などなにもできないということです。

2050年の様相――2025年の後に控える悲惨な将来図>

・人類史上、これまで経験したことのない未曽有の超高齢化・人口減少社会を、先進国のなかで先頭を切って急速に迎えつつある日本が、本当の大きな社会的危機を迎えるのは、2025年に団塊世代が後期高齢期(75歳以上)を迎え終えるときではなく、団塊ジュニアが後期高齢期を迎え終える2050年ではないかと述べました。ここで、この将来を見据えることなく、社会制度も含めて、あらゆる問題の解決を万能薬の如く、持続的経済成長に頼る姿勢をとる一方で、既存の社会保障制度を、運用や小手先の、その場しのぎの部分修正で切り抜けようとする結果がどうなるかを、シュミュレーションしてみたいと思います。

<相変異を起こす高齢化した団塊ジュニア>

2050年に至るまでには、以下のような道筋が想定されます。2025年に団塊世代が75歳以上を迎え、社会保障サービスのコストが急増しますが、その後も、団塊ジュニアが75歳以上となる2050年まで、継続的にコストは増加を続けると考えられます。現行の政治システムでは、高齢者への需給を抜本的に削減することは、高齢化比率の高い地域を選挙地盤とし、政治を家業とする国会議員にはできない相談なので、賃金上昇を期待し得ない現役世代の負担及び将来の世代へ先送りする負担は増加し、世代間格差は、いっそう拡大するでしょう。すなわち、高齢化社会の社会コストは、その財源の裏打ちに乏しいまま、上昇し続けることが想定されます。

 

・一方、高度成長の恩恵を受けた団塊世代とそれ以前の世代は、いつまで生きるのかという長寿化の不安を抱えることになります。つまり、マスコミを通じて、年金、介護、医療などの社会保障サービスレベルの低下(給付減と負担増)の問題が、繰り返し流されるなかで、社会保障制度へのぼんやりとした不安を抱え、測ることのできない余命に備えて、つまり、測れない医療コストや介護コストに備えて、必要以上の金融資産を蓄えることになります。

<現実的には、社会保障のサービスレベルは、徐々に低下していくことは避けられない>

・他方、これを支える税収を見てみましょう。2010年度の国税収入は、約38兆円です。前述したように、2050年の実質GDPは、約6割の規模になると試算されるので、税収も、その6割とすると約23兆円です。上記の単純計算によると、貧困高齢者への生活保護費は20兆円を上回り、国税収入のほとんどすべてを貧しい高齢者の生活保護で使い切ることになります。

・ここで挙げた2050年の日本社会のシュミュレーションが、もし、現実のものとなったならば、日本は間違いなく国家存亡の危機を迎えると心しなければならないと思います。

<求められる英断>

・特に、問題提起の端緒として、2050年ごろに大量の貧困高齢者が生まれる可能性が非常に高いことを共通認識とすることが重要です。

・いずれにせよ、今、我々は100年に一度の歴史的転換を迎えていると認識すべきでしょう。無責任な政治家と官僚に任せていては、日本は、貧しい高齢者の専制というポピュリズムの終着点に向かい、安楽死していくことになるのではないでしょうか。



■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

・「地方再生」や「ふるさと再起動」と掛け声をかけても「なるようにしかならない」という悲観的な声が村民から聞こえてきます。これでは、人口減少で村が次々と消えていくようです。明治時代の「坂の上の雲」から、2050年へ向かって、坂を転げ落ちるような懸念も有識者の多くが持っているようです。年金制度、介護保険制度、医療保険制度の改革も人口減少や低成長のために「100年間大丈夫」とはいえなくなっていくようです。

・国家経営のグランドデザインやマスタープランは、政府機関やシンクタンクが相当研究しているようですが、パイが減っていく中で、分配をいじってもうまくいかなくなるということは明白のようです。日本も落ち目のようです。社会の遅れた面、非近代性、後進性、頭の古い面が予想以上に増えてきています。改革の速度も大変遅いようです。本当に優れた官僚や政治家が登用されてきたのでしょうか。「日本は先進国だろうか」という街の声も増えてきているそうです。昔は評価された、優秀な官僚や公務員も私たち一般人は、理由が分かりませんが、振るわなくなっているそうです。長期計画に基づくシュミュレーションやマスタープランを作り、政策を作ることがうまくいっていないようです。

・「限られた予算、増えない税収、十分でない福祉予算を削る財政赤字」ということで、どうも往年の日本という国家イメージ、「クール・ジャパン」が曇っていくようです。「1票の格差」も大きくなれば、選挙や政府の正統性も問題になりましょう。「民主主義国家においては国民はその程度に応じた政府しか持ちえない」、「国民が政治を嘲笑している間は嘲笑に価する政治しか行われない」ということで、私たち一般人は、政治意識を高め、政治を批判的に見ていく必要があるようです。

・「諜報機関のない国は北朝鮮の拉致事件にも無力だった」、「諜報機関のない国は既に国益を大きく損ねている」ということで、始めの仕事として何とか諜報機関の設立を工夫しなければならないそうです。

・税金の無駄遣いを止めて、司法・立法・行政に大胆なリストラを断行して、東日本大震災から発した国家的危機に対応していく必要があるそうです。まさに2030年、2050年に向って官民一体の知恵を集めた「国家大改造計画」が待たれます。


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「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」

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「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」

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by karasusan | 2014-11-07 22:49 | UFO | Comments(0)