山中は暗く右も左もわからず困り果てていると前方の中空に光り物が現れた。その光り物は道案内でもするように一向の行く先を照らし乍ら飛んだ。

『遠野物語拾遺』

京極夏彦 柳田國男  角川学芸出版  2014/6/10

<この物語は柳田國男が昭和10年に刊行された書物遠野物語増補版に収録されている遠野物語拾遺を書き改めたるもの也>

153

日露戦争の当時、満州では不思議なことばかりがあったと謂う。

ロシアの俘虜が言うには、黒い軍服の日本兵は射てば斃れるが、白い軍服の日本兵は幾ら射っても斃れないのだそうである

だが。

その頃、白い軍服を着た日本兵などは、いない。

土淵村の似田貝氏はそう語った。

102

明治の末頃。

土淵村大楢に住む、大楢幸助という兵隊上がりの男が、草刈りのため六角牛山に登った。山奥に分け入り進むと、未だ嘗て訪れたことのない、見知らぬ沢に出た。大楢氏は息を呑んだ。そこが見知らぬ場所だったからではない。

 その沢に生えている樹木という樹木に、夥しい量の衣類が懸けられていたのであった。洗濯物を干しているのである。大楢氏が呆れて眺めていると、何処からともなく一人の大男が出て来た。大男は忽ち洗濯物を取り集め、あっと言う間に谷の方へ降りて行くと、見えなくなってしまったそうである。

大楢氏本人が直に話してくれたことである。

104

大正の初め頃。

ある人が、鱒沢村から稗貫郡の谷内へと超える山路の途中に脱ぎ捨てられている大きな草履を見た。

 篠竹で編んだもので、長さは六尺はあろうかという巨大な草履であったという。

傍らの藪の中には、赤い顔をした大男が熟睡していたそうである

山男だろうと謂われている

見た人物は、その頃50くらいの年配であったそうである。

100

ある日。

青笹村の某という者が六角牛山に分け入ってマダの木の皮を剥いでいた。

すると、出し抜けに後方から呼ぶ者がある。驚いて振り向くと、身の丈7尺はあろうかという大男が立っている。大男は、某が器用に木の皮を剥ぐのを感心して見ていたようであった。大男は、某に、その剥いだ皮を何に使うのだと尋いた。マダの樹皮には色々な使い道がある。某は邪険にしてもいけないと思い、恐る恐るその用途を話して聞かせた。

(後は省略)

106

大正2年の冬のこと。

土淵村栃内和野に住む菊池栄作という猟師が、山に籠って狩り暮らしをしていた。菊池氏はその頃256歳の青年で、その時は早池峰に近い附馬牛村大出の山中に小屋を構えて猟をしていた。

 ある時、狩りを終えた菊池氏が小屋に戻る途中のこと。樹々の間から洩れる薄明りだけを頼りに進んでいた菊池氏の目の前に、突然一人の大男に行き逢った

 その大男は、眼を円くし、またきらきらとさせて菊池氏の姿を注視すると、そのまま、まるで菊池氏を見守るかのようにして行き過ぎようとした。(後は省略)

166

最近の話。

宮守村の道者達が山駆けの修行をするため、早池峰山に登った。

附馬牛口から入山し、頂上の竜ヶ馬場に至った時。

一行は、風袋を背負った67人の大男が、山頂を南から北に向けて通り過ぎるのを見た。男達も大きかったが、風袋も無闇に大きかったそうである。

その戻り道。山を下りる前に日が暮れてしまい、夕闇の中で道者達は道に迷ってしまった。山中は暗く、右も左もわからず、困り果てていると、前方の中空に光り物が現れた。その光り物は道案内でもするように一向の行く先を照らし乍ら、飛んだ

その明りのお蔭で、カラノ坊と呼ばれる辺りまで下りることが出来た。やがて月が出て明るくなると、光り物は消えてしまったという。

120

遠野町に住む政吉爺という老人は、以前は土淵村で暮らす猟師であった。その政吉が356の頃のことである。若かりし頃の政吉は、琴畑の奥にある小厚落というガロダチ――切り立った崖縁に立ち、鹿寄笛を吹いていた。すると、不意に後ろから何者かに突き飛ばされた

 落下した政吉は、驚いた所為で呼吸も止まり、また強かに体を打ったので、暫くは身動きも出来ずに倒れていたが、このままでは命が危ないと思い、何とか自力で這い上がって、漸う仲間がいる小屋まで戻った。

 その時、政吉は猟師仲間の老人に、「猟人は度々そうしたことに出逢うものだが、決して人に語るものではないぞ」と、きつく戒められたということである。その辺りは山男や山女の通り道だと謂われている

98

遠野の一日市に、万吉米屋という家がある。

以前は繁盛した大家であったと謂われる。

この家の主人である万吉が、ある年の冬、稗貫郡の鉛ノ温泉へ湯治に出掛けた。幾日目のことか、万吉がのんびりと湯槽に浸かっていると戸を開ける音がした。湯治の客はあまり多くなかったので、誰が来たのかと目を遣ってみれば、入って来たのは見掛けたことのない男である。しかも大層背の高い大男であった。万吉は退屈していたから、話し掛けてみた。大男は気さくに応え、二人はすぐに懇意になった。他愛のない時候の話などをし、名乗った後に名など問うと、男は、「俺は天狗だ」と言った。

 鼻はそれ程高くなかったという。しかし顔は赤く、大きかった

万吉は興味をそそられ、天狗様は何処に住んでいらっしゃると問うた。

「住居は定まっておらん。出羽の羽黒、南部では厳鷲早池峰などの山々を、いったり来たりしておる。そういうお前は何処の者だ」

住居を聞かれた万吉は素直に遠野だと答えた。

(後は省略)

99

遠野の町の某という家にも、天狗の衣というものが伝えられている。

袖の小さな襦袢のようなもので、生地は薄くさらさらとして、寒冷紗に似ていると謂う。色は青で、袖には十六弁の菊の綾が織り込まれ、胴のところには瓢箪形の中に同じく菊の紋をあしらった柄があるそうである。また、この家には天狗から貰った下駄というものも伝えられており、共に宝物とされている。

 それは、以前この家の主人と懇意にしていた清六天狗という人が着用していたものである。言い伝えに依れば清六天狗は花巻辺りの人であったという。

 異相であったとか、丈が大きかったという話は伝わらないが、異能の人であったようである。所謂天狗ではなく、天狗と呼ばれた人なのである。修験の修行をした人だったようである

 この清六天狗は、早池峰山などに登る際はいつも他の者の後から登った。他の者が漸う頂上に着いてみると、いつ追い越したものか先に到着しており、「お前達はどうしてそんなに遅いのだ」と言って、笑ったそうである。

 酒好きで、いつも小さな瓢箪を持ち歩いていたが、その瓢箪はどれだけ酒を量り入れても溢れることがなかったと謂われる。また、必ず錆びた小銭を持っており、酒代はその銭で払うのが常であったとも謂う。普段から、「俺は物の王だ」と言っていたそうである。

 清六天狗の末孫という者が、今も花巻の近村に住んでいる。近隣の者はこの家を天狗の家と呼んでいる。

 先頃、この天狗の家の娘が女郎になり、遠野の茶屋に住み込みで暮らしていた。この女は、夜分どれだけ厳重に戸締まりがしてあっても、抜け出すことができた。何処からか出て、町を歩き回り、時折人の家の林檎園に入り込んで、果物を採って食べるのを楽しみにしていたと謂う。

今は、一ノ関の方に移り住んでいると聞く。

135

青笹村大字中沢に、新蔵という人がいる。新蔵の先祖の家には、美しい娘がひとりあった。その娘が前触れなしに消えた。家出か、神隠しであると謂われた。死んだものと諦め、家を出た日を命日と定めて仏供養などをしていたが、3年程過ぎたある日、娘はひょっこり戻って来た。人々が寄り集まり、今まで何処にいたのかと問うと、「私は、六角牛山の主の嫁に取られてしまった。でも、あまりに家が恋しいので、夫に話して暇を貰い、こうして帰って来た。でも、やがてまた山に戻らなければならない。私は夫から何ごとでも自由になる宝物を貰っているから、今にこの家を富貴にしてやろうと思う」と語ったそうである。その女がその後どうやって山に帰ったのかは、能くわからない。この話をしてくれた人も詳しく聞いていなかったようである。ただ、新蔵の家はそれから後、非常に裕福になったのである。

222

小国村字新田に金助という人がいる。その金助の家の先祖に、名人の狩人がいた。ある時。その名人が白見山の長者屋敷に狩りに行くと、一人の老翁と行き逢った。その老人は、「お前がマタギをしていたのでは、山のものが困る。獲り尽くされてしまう。だから止めてくれぬか。代わりに、これをやる」と、宝物をくれた。それからその人は猟を止めた。現在も金助の家の者は鉄砲を持たない。

 その辺りは全くの山村で、耕すような土地も少なく、狩猟を主たる家業として生計を立てている者が殆どである。宝物が何であったかはわからないが、狩りを止めてしまうというのはよくよく理由があってのことであろう。


『遠野物語事典』

(石井正巳・青木俊明) (岩田書院)2003/7


<山の神>
背丈は「丈高き」「背高く」。
顔色は、「顔は非常に赤く」「顔は赤く」「顔はすてきに赤く」「面朱のような」とある。
眼の光は、「眼は輝き」「眼の光かがやける」背が高く、顔が赤く、眼が輝くという点でパターン化している。

「山男」
遠野郷の民家の子女にさらわれる者が多く、特に女に多いという。「女は、恐ろしい人にさらわれたが、その人は、背が高く、眼の色は凄く。生んだ子供を持ち去ってしまうものの、仲間と連れ立って食物を持って来てくれるという」。
「山里で髪の長い美しい女を撃つ」証拠として、黒髪を持ってきたが途中で眠くなり、背丈の高い男が取り返して立ち去ったと見ると眼が覚める。その男は山男だろうという。


「山女」
「山女は、ぼろぼろの着物を着ているが、色白で長身、長い黒髪を持ち、あでやかである。幼児のいる母親でもある。飛ぶように走ったり、記憶をなくさせたりする特異な力を持つが、銃弾には倒れる。人恋しいかのように里人の前に現れるが、その特異な力や叫び声、大きな笑い声のため、里人にとっては、非常に恐ろしく、恐怖で病死する者もいる。
山女が現れる場所は、遠野地方の東にある六角牛山。白望(白見)山などの山中である。六角牛山は、女神が住んだと信じられた遠野三山の一つである。

『ムー10月号 NO3591

<ミステリースポット>
<自衛隊独身寮に出没した異星人!?>
・私は、航空自衛官として、昭和53年に松島基地へ赴任しました。

・そこに、あの存在がいたのです・・・。
・先輩に訊いてみると「そいつは、明らかに幽霊とは呼ばない・・・・全身が黒くて両目は吊り上がって薄暗い黄色に光っている。何かを喋るわけではないけど、僕たちを見て、首を傾ける仕草をする・・・いわゆる、観察をしているような気もする。だからー結論からいって、異星人的存在なんだよ。いずれ見るよ、高い確率で」  そんな助言めいたことを先輩はしました。

・そんな、私も、昭和59年の春には異動が決まり、一度もその存在とは会わなかったな、と思いました・・・しかし、そんなある夜のこと。

・夜中1時ごろ、ぼんやりと目覚め、あたりを何気なく見渡すと、一番外側のベッドに先輩らしき人影が腰を下ろし、肩を落としたような姿勢で座っていました。

・まず、月の光を浴びているにもかかわらず、身体の表面上に光の照り返しがない・・・そして、その存在には影がないーしかも、大柄でありながらベッドのマットレスの体重による沈み込みもない・・・・。

・何より、昭和53年のあの日の先輩の言葉が頭の中を巡り、全身真っ黒、頭の先からつま先までまったくシワのないウェアでもまとっているかのような・・・・。頭髪はなく、横顔を見つめると、鼻の隆起や口もなく、唯一、両目と思しきところだけは、薄暗い黄色の発光が強調されており、吊り上がっていました。

・次の瞬間、その存在は私の布団の上に乗ってきました!しかし、体重をまったく感じとれないほどに感じられません。ほかに気付いたことは、その存在が動いても空気の流れやにおいなどもありませんでした。

・その存在の顔は私の顔とくっつくほど接近、それでも息づかいや熱気も感じ、首を傾けるような仕草だけをしていました。

・しかし、いつの間にか私は、気を失い、翌朝には何ごともなかったかのようにいつもの朝を迎えたのです。とてもたとえようのない疲労感だけが残り、そのことは上司に報告しました。それから数日後には異動することに。

・しかし、あの存在、確かに「幽霊」と呼ぶには違う存在だったようです。あれはやはり異星人だったのでしょうか。 
{岐阜県羽島市(51歳)徹次}




『神仙道の本』(秘教玄学と幽冥界への参入)

(学研)2007/3



<山人界(天狗界)>
<多種多様な天狗らの仕事と生活の実際>
<高級山人が住まう壮麗な宮殿>
・山人とは山の神のことだが、天狗の異名として用いられることもある。「お山には善美を尽くした広大結構な御殿があり、三尺坊は平生には、そこに居られますが、亦、空中にも大なる御殿があってここにも多くの方々が居られます。

<山人界の天狗の風体とは>

・天狗というと鼻高・赤面の異形に描かれるのが通常だが、実際の姿は人と変わらず、頭巾をかぶり、白衣を着し、足には木沓(きぐつ)を履いている(裸足の愚賓(ぐひん)もいるという)。

・最後に天狗は日本独自のものとの話があるが、それは間違いだということも付記しておこう。中国にも朝鮮にもいるし、西欧にもいる。また、世界各地の天狗が集まって行う山人会議もあるそうだ。

<戦争に出陣する愚賓(下級天狗)たち>

・仕事は、より上級の神界の下命に従って戦争に従軍したり、霊界や人間界をパトロールしたり、冥罰を下したりと、そうとう忙しい。大小の愚賓は、元来が武官だから、戦争になると鬼類などを従えて直ちに出陣する。

・加納郁夫という名の天狗の弟子となった「天狗の初さん」こと外川初次郎は、加納天狗の供をして満州事変に従軍したと言っているし、幕末の戦乱時に活動した才一郎は明治元年から2年にかけての戊辰戦争に冥界から参戦し、三尺坊の命令で、自分の出身国である尾張藩の隊長“千賀八郎”を守護していたと語っている。





■■■ 私が思うこと、聞いたこと、考えること ■■■

・『遠野物語』は、奇怪な伝承が多いようです。これらの伝説は、山間部の農民たちの「作り話」や幻想や幻覚、幻聴などでしょうか。柳田國男は『遠野物語』は、「すべて事実の話だ」と述べているそうです。「遠野郷の民家の子女にして、「異人」にさらわれて行く者年々多くあり。ことに女に多しとなり。-遠野物語第三十一話」、「黄昏に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは他の国々と同じ。-遠野物語第八話」という話がありますが、明治時代における「異人」とは、どのような人々でしょうか。民俗学者たちにもさまざまな見解があるようです。『遠野物語』の「異人」は、オリオン星人だったようです。東北地方にはプレアデス星人の飛来話もあるようです。アストラル界の「住人」でも遠野地方を徘徊していたのでしょうか。

・「平家がプレアデス星人の末裔で、源氏がオリオン星人の末裔」という説があるそうです。そして米国が秘密協定を結んだのはラージノーズグレイというオリオン星人といわれています。オリオン星人は人類に5万年進化しているといわれ、「人間の魂の交換」ができるようです。オリオン座は「神の故郷」ともいわれますが、『闇の勢力』も経由地にしているようです。


・東北地方にはUFOの目撃談が多いようです。「遠野物語」の内容と「六角牛山」におけるUFO目撃は、何か関係があったのでしょうか。山男山女は、実在したようですし、単なる民衆の「作り話の伝承」ではないようです。

1910年の民俗学者の柳田國男の「遠野物語」の初版刊行から105年たちました。民衆の「作り話」にしては、人々の根強い関心を引くようです。何か怪奇現象と関係があるのでしょうか。あいかわらず、105年前の「遠野物語」の関連書籍の出版物は多いようですが異星人/エイリアンと結びつけるような本格的な書はまだないようです。「神隠し」や「人さらい」などもエイリアンのアブダクション(誘拐)があったのではないでしょうか。異次元現象や幽霊現象など、宇宙人に関わる現象が、その地方には多いように思われます。航空自衛隊の松島基地のエイリアンのエンティティの存在の話など現代でも話題は豊富のようです。

・あの小柄なグレイも壁を透き通るようにして部屋に侵入してくるそうですが、『透明人』の宇宙人は、その存在が米国でも指摘されています。『透明人』とのコンタクティ(接触者)がいるようです。「自衛隊基地と幽霊話」は昔から少なくないそうですが、「ひょっとして、とある自衛隊基地にいけば異星人に会えたりして!?」という与太話なのでしょうか。
日本にも昔から『異人』のネットワークがあったのかもしれません。

・旧帝国陸軍の中国での戦線に白い衣服を着た神人が現れたり消えたりしたという話を昔、何かの本で読んだ記憶があるのですが、“加納天狗”のことだったのでしょうか。愚賓(ぐひん)とは、メン・イン・ブラック(黒服の男たち)のようなオリオン星人なのかも知れません。

・昔、天狗は実在したようですが、河童とともにどこに消え去ったのでしょうか。異人も社会に溶け込んだのでしょうか。あまりに事例が多すぎて、民衆の作り話とは思えないのですが!?


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・ブログ名称 UFOアガルタのシャンバラ

日本は津波による大きな被害をうけるだろう

・第2のブログ名称:UFOパラレル・ワールド

「神の国か?」「人類の原郷か?」 「天上のエルサレムか?」・・・・・・・・・

「パラレル・ワールドに住む宇宙人、天国に出入りし転生と憑依を自由に操るシリウス星人の殖民星が、地球か?」

「金髪碧眼のノルディックが住んでいたアガルタのシャンバラ情報の集大成を目指す・・・・・・・・・・」「金星蛇人と火星霊人の戦争はその後どのように展開したのだろうか」
「日本民族の神話の原郷『高天原(たかまがはら)』は、『都市型の超巨大宇宙船』なのか!?」
「小人族のグレイの母船に同乗する金髪碧眼のノルディックは、”悪魔の王””ルシファー”なのか?!」

「円盤は神人や異人、悪魔の乗り物なのか!?」「天使は神の秘密諜報員なのか」

UFOは、人類の歴史が始まって以来、最も重要な現象なのか。UFO問題とは、人間にとっての死の問題を解くことなのだろうか。UFOはフリーメーソンの創作なのか!?」

「全宇宙を創ったという“虹の神々”も地球に来ているのだろうか」

「イルミナティなどのフリーメーソン組織に入ると神に会えるのだろうか」

「国際連合の設立に動いたキリストの星、アプ星人とは」

「人は皆、記憶喪失の異星人だろうか」

「はるかに進化した天使のような宇宙人は、人間の守護霊や背後霊なのだろうか」

「セドナ上空に見えないエーテルのシティが滞空するのだろうか」


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by karasusan | 2015-02-22 22:18 | UFO | Comments(0)