私たちが幽霊と呼ぶものは迷える魂ではなく古い時代の「記録」なのだと唱える人たちも現れた。(1)

『英国の幽霊伝説』  ナショナル・トラストと怪奇現象

シャーン・エバンズ   原書房  2015/1/26

<イギリス人口の半分近くは幽霊を信じている>

・本書ではナショナル・トラストの管理スタッフやボランティア、見学者たちが実際に体験した奇妙な出来事や、何世紀にも渡って語り継がれてきたミステリーを収集。幽霊城や呪われた館の撮影で著名なサイモン・マースデンの作品をはじめとする、幻想的な写真とともに幽霊譚を紹介する。

・人がそこに住み、そこで死を迎えたすべての家は幽霊屋敷だ。開いたドアから、何かの目的を果たそうと、悪意のない幽霊たちが滑るように姿を現す。彼らの足が床に音を立てるとことはない。

・古い建物には強烈な個性が宿ることがある。人々が暮らし、愛し合い、争い、勝利し、絶望した場所はどこでも、そこならではの特徴がある。そうした古い建物の中で一定の条件が整うと、ほんの一瞬、過去の出来事が現在に投影される。まるでちょっとした電気障害が起こったときのように。私たちはこうした場所を「とりつかれている」と言い、その劇中の主人公(ドラマティス・ペルソナエ)を幽霊と表現する。

・古くは旧約聖書の時代から、世界中のあらゆる文化の伝統の中で、幽霊は死んだ人たちが現れる現象と考えられてきた。彼らは生きている人たちの前に姿を現し、何かのメッセージを伝えたり、危険が迫っていることを警告したりする。もう少し時代が下ってからは、新しい説として、私たちが幽霊と呼ぶものは迷える魂ではなく、古い時代の「記録」なのだと唱える人たちも現れた。つまり、現代の目撃者が別の時代、別の次元のシナリオの一部を垣間見ているということだ。時代を隔てていたヴェ―ルがほんの一瞬すべり落ち、その間に古い時代の断片的な記録が再生される。

・古い場所に幽霊がすみつくと信じられている理由は実にさまざまで、答えを見つけるのは簡単ではない。たとえば、強烈な個性の持ち主が彼らの特定の場所に「刻みつける」のかもしれない。

・これは驚きの結果と言えるかもしれないが、イギリスのNOP[全国世論調査会社]2000年に実施した調査によれば、イギリス人口の半分近くは幽霊を信じている。約42パーセントのイギリス人が、幽霊や亡霊、その他の超自然的な存在を信じていると答えたのである。

・スコットランドと北イングランドでは、3分の2近くの人が幽霊を見た、あるいはその気配を感じたことがあると認めているのに対し、南部の人や年配の人たちはもう少し懐疑的だった。

・本書は、ナショナル・トラストの管理下にある歴史的重要性を持つ特徴的な建造物や美しい自然に関連する古い物語を記録する目的でスタートし、そこから徐々に発展したものである。

・ナショナル・トラストの所有地と結びついたバラエティに富む幽霊物語は、十分な証拠に裏づけられたものもあれば、時には歴史的事実と矛盾する内容のものもある。

・しかし、それぞれの物語の核心にはいつも一粒の真実がある。そして、優れた幽霊物語とは要するに、その特別な場所をつくり、そこに住んできた人々について想像力豊かに語られた物語が、彼らの子孫や相続人たちによって語り直され、解釈され、修正されてきたものなのだ。時には歴史的事実が含まれることもあるものの、神話や伝説として語り継がれるこれらの物語は、今も私たちの民間伝承の力強い底流を成している。これらの物語はイギリス文化史におけるひとつの豊かな鉱脈であり、重要な口承文化の伝統が現代に受け継がれている証でもある。

調査を始めるとすぐに、幽霊たちには出没期限がないことが明らかになった。つまり、ある場所に幽霊が出たという記録があれば、たいていの場合、その幽霊は時代を超えて存在し、はっきりした終わりというものがない。古くから「とりつかれてきた」とされる建物の現在の管理者――スタッフ、その家族や友人、ボランティアや訪問者――を直接訪ねてみると、多くの場所で、今そこにいる人たちも同様の奇妙な体験をしていた。そのため、特定の場所の古い民間伝承を収集しようとして始めたことが、その場所を語るにふさわしい人たちにインタビューするうちに、あっという間に彼ら自身が経験した奇妙な出来事を語ってもらうという、ユニークな口述歴史プロジェクトに変わっていった。ナショナル・トラストのスタッフ4500[当時]、ボランティア4万人、見学者のうち、話を聞かせてもらった人たちの多くが、自分の経験を語ることを快く承知してくれた。

 

・幽霊が出るとされる場所では、幽霊の存在を信じる人と疑う人の両方による調査が数多く実施されていて、そうした調査によって物語に興味深い情報が付け加えられることも多い。また、超常現象の調査は、室温の明らかな変化、「玉ゆら」(写真や映像にはっきり写っているが、撮影時には見えなかった円形の光)などの説明できない現象を記録することがある。しかし、もちろん幽霊はこちらの注文どおりには現れてくれない。実際、この本のために集めた物語を見ると、幽霊が現れるのは目撃者がいつもどおりの日常的な作業をしているとき、あるいは何らかの害のない行動に熱中しているときが多いように思える。

・私たちはこうした「予期せぬ物語」と、これから本書で紹介する次のような物語をきちんと区別して考えらなければならない――ある教育コーディネーターは壁から灰色の霊が現れて窓から出て行ったのを見て仰天し、ある学芸員はディズレーリの幽霊から非難めいた視線を向けられた。また、ある清掃係はティールームにいるときに清教徒革命時代の給仕の少年から嫌がらせを受けた。ベルファストのバーではヴィクトリア朝時代の洋服を着た4人の人物が突然現れた。上半身のない足だけが現れ、掃除したばかりの床に足跡が残された。階段を下りるローダーデール公爵夫人の亡霊の足音が聞こえ、そこにはバラの香りが漂っていた……

<アバコンウィ・ハウス>

・ウェールズ北部の古都コンウィは、幽霊に関しては幽霊に関してはちょっとした評判で、城壁の上を歩く番兵の姿が目にされることもあれば、溺れ死んだはずの漁師が突然波止場に姿を現したという話もある。

 町の中央にひときわ目を引く建物がある。石積みの上にハーフティバー様式[むき出しの木の骨組みと塗り壁やレンガ壁から成る]の外壁を組み合わせた15世紀初期の家だ。アバコンウィ・ハウスは、この城塞都市の激動の歴史を生き残った唯一の中世の商家で、ウェールズに残る最古のタウンハウスである。

・奇妙な出来事が最も頻繁に起こるのはジャコビアン様式[ジェームズ1世時代(160325)風]の部屋で、スタッフや見学者、ボランティアの何人かが「ヴィクトリア朝時代の格好をした紳士」の姿を目にしたと報告している。管理人はもっとはっきりと、「……背の高い、フレッド・ディブナーに似た人物」と表現する。[フレッド・ディブナーはとび職人からテレビの人気パーソナリティになった人物で、歴史家でもあり、無類の蒸気機関車好きで知られた]。この紳士の幽霊は階下でちらっと姿を見せることが多いのだが、夜遅くにジャコビアン様式部分に現れたことが少なくとも一度あり、部屋の中に入っていったものの、そこですぐに姿を消してしまったという。部屋への入口は一か所だけなので、物理的には不可能な現象だった。

 この紳士が現れるときには、その前兆としてパイプたばこの匂いや花の香りが漂うことも多い。スタッフは彼のことを「ジョーンズ氏」と呼んでいる。1850年から1880年まで妻と10人の子どもたちと一緒にこの家に住んでいた人物の名前だ。

<エイヴベリー>

・エイヴベリーはヨーロッパでは最も重要な巨石記念物のひとつで、広大なエリアに立石が散らばっている。

・エイヴベリーには、この遺跡の数十年前の様子を目にしたという女性の奇妙な話もある。第1次世界大戦中の10月のある夜、教区牧師の娘で農耕部隊の一員でもあったイーディス・オリヴィエという女性が、はじめてエイヴベリーを訪れた。遺跡への道はよくわからなかったのだが、かまわずベックハンプントンを出発した彼女は、霧の立ち込めた西からのルート沿いにある、巨石のそそり立つ道に魅了された。ある村に着くと、村人たちがどことなく田舎風の市場に集まっているのが見えた。その巨大な道は1800年までに消滅しただけでなく、その村では1850年を最後に市が開かれたことがないと彼女が知ったのは、それから9年後のことだった。

 地元住民が夜中に石の周りで幽霊のような人影を見たり、動く光を見たりといった話は山ほどあり、亡霊が歌を歌っているのを聞いたという話もある。そのため、巨石群は今もかなり丁重に扱われている。地元では、立石の一部だった石を使って建てられた建物は、「幽霊の来訪」と呼ばれるポルターガイスト現象を引き起こすと信じられている。

<バッダスリー・クリントン>

・このロマンチックなマナーハウスはフェラーズ家が代々暮らしてきた邸宅で、15世紀に周りに堀をめぐらして建設され、17世紀以降はほとんど変わっていない。エリザベス朝時代には迫害されたカトリック教徒の避難場所になり、建物の中に三つの隠れ場所がある。

 バッダスリー・クリントンの歴史を考えれば、この家に多くの幽霊物語が生まれたのも不思議ではないだろう。1930年代にフェラーズ家によく招かれていたある老紳士は、この家の飼い犬の一匹が突然起き上がり、誰にともなく甘えた仕草をしていたことを覚えている。一家は「幽霊に甘えている」のだと言っていた。

 

・現在のスタッフも不可思議な現象を目にすることがある。「幽霊など絶対に信じない」と断言する今の資産管理人でさえ、彼が経験した次の出来事については説明できなかった。ある夏の夜の午後9時ごろ、彼は邸宅内のオフィスでひとり残って仕事をしていた。よく晴れた日で、風もない静かな夜だった。ところが突然、階段を上りオフィスのほうに歩いてくる足音がはっきり聞こえた。最初は何かの用事で同僚のひとりが戻ってきたのだろうと思い、気にしなかった。足音はだんだん大きくなり、閉じたドアのすぐ前までやってきたが――それっきり音は止み、家の中は再びしんと静まり返った。資産管理人はデスクから立ち上がり、誰だろうと思いながらドアを開けたが、そこには誰もいなかった。

・緋色の上着に白い帯をたすき賭けにした男性の姿を目にしたという人たちもいた。その後、レベッカが見つけた第9歩兵連隊のトーマス・フェラーズ少佐の細密画が、目撃された男性の描写にぴったり合っていた。フェラーズ少佐は1817年にフランスのカンブレーで任務についている間に、城壁から落下して死亡した。レベッカがフェラーズ少佐のためにミサを開いてからは、足音が聞こえることはめっきり減ったという。

<ベルトン・ハウス>

・この静かな環境にたたずむ邸宅には、数多くの幽霊話が伝わる。1685年から88年にかけて建設されたベルトン・ハウスには、王政復古時代(166088)のイングランドの自信と楽観主義が表現されている。19世紀にはカリスマ性のある第3代ブラウンロー伯爵のもとで、ベルトンは第2の黄金時代を謳歌した。

・ここには多くの幽霊がらみの物語があり、謎めいた「黒い服の貴婦人」の幽霊についてはさまざまなの目撃報告がある。また、対照的に黄金の光に包まれた「ベルトンの輝きの婦人」が、しばしば主階段のホールに現れるという話もある。

<ベニンバラ・ホール>

・「ヨークのカントリーハウスと庭園」として知られる現在のベニンバラ・ホールは、同じ敷地内のすぐ近くにあった後期エリザベス朝様式の家を建て替えたもので、1716年に完成した。この家は有名な殺人事件の現場になったが、それがいつ起こったのかについては1670年代とも1760年代とも言われている。痴情のもつれにより殺害された犠牲者の幽霊が、その後何世代にもわたってこの家にとりついてきた。

<ナショナル・トラスト>

・英国人は幽霊や不思議なものを愛する国民性があるといわれ、かの国の歴史と幽霊をテーマにした本や、怪談・超常現象をまとめた本は、これまでに数限りなく刊行されている。なかでも本書が特別である点は、まえがきにおいて著者自身が述べているとおり、英国ナショナル・トラスト保護資産に対する調査プロジェクトを発端としていることにある。

『現役鉄道員“幽霊”報告書』

幽霊が出る駅、路線……教えます!

氷川正   学研    2014/8/19

<鉄道にまつわる怪談で、幽霊が出る原因というのはほぼ人身事故と考えていいだろう。>

・私が鉄道業界に入ってから数十年が経過した。

 数多の職業があるなかで、私が身を置くこの業界は、意外に死に近い業界である。死体に接する職業といえば、葬儀関係者、医療関係者、警察、消防が思い当たるだろうが、その次あたりに鉄道員がランクインするのではないだろうか。

 本書では、現職の鉄道員という立場から、あまり一般には馴染みのない奇妙な出来事や、実際に私が体験した不思議な事件、事故を中心に、鉄道業界のタブーといわれる部分にも触れながら、鉄道業界のミステリアスな世界をお伝えしたいと思う。

<「人身だ!すぐホームへ行って目撃者を取ってこい!>

・鉄道側にとって人身事故でいちばん重要なことは目撃者の確保である。

 これは、運転士に過失がないことを証明しなければならないためで、複数人確保するのが望ましい。事故後、早めに対応しておかないと現場は野次馬で溢れて目撃者探しもままならなくなくなるからだ。そして事故を目撃した人は、ショックのあまり現場を早々に立ち去ってしまうことも多い。

・人身事故の処理は、事件性がなく自殺と断定されれば、およそ1時間前後ですべての処理が終わる。

 車輪に挟まれ、レスキュー隊の手を借りなければ救出できない場合や、事件性がある場合だと、とても1時間では片づかない。

 現場の遺体は、ほぼパーツが揃っていればよく、肉片をすべて回収する必要はない。

 というのも、レールとの摩擦で“挫滅”してしまい、見つからないパーツが必ずあるからだ。

S駅で起きた2つの未解決事件>

・現在私が車掌として往復している路線で言えば、最近改装されてきれいになったO駅の上りホームが、私の身構えるポイントのひとつである。

 グーッとカーブを描くホームの中ほどに“何か”がいて、いつも私を睨みつけてくる。それはそのものズバリの霊的な存在とはやや異なる。

もちろん人ではないのだが、O駅は昔から人身事故多発駅として知られており、悪意そのもののような、奇妙な“何か”と事故との因果関係は無視できないと私は考えている。

2件の殺人事件が起きた場所にもまた異様な空気が漂っている。

 私の場合は車掌業務で必ずその場所を通らねばならず、そこを通るときはいつも“何か“の射すくめるような視線に必死に耐えている。

 私にとってこれらの場所は、いつも緊張を強いられる場所なのである。

<姿見の中の自殺者>

Hはなぜか姿見から目を離すことができず、鏡の中の男性が動き出したのを食い入るように見ていた。

すると男性は躊躇することなくホームから飛び降りたのである。

{あっ!}

ここでようやくHは我に返り、背後を振り返った。

しかし、線路に落ちたはずの男性はどこにも見当たらない。

姿見でもう一度落ちた場所を確認し、目を皿のようにして線路上を探したが、どこにも人の姿がない。

・自殺を予見した姿見は、駅員たちの間で話題となったが、その後はHをはじめ、誰も自殺者が映るという現象を見ることができなかった。

 そのうち、噂を気味悪がった駅員の苦情から姿見は撤去され、今も倉庫で埃をかぶっている。

<踏切に現れる“女子大生の霊”>

・このS駅からT駅側に向かって2つ目の踏切は、管内でも有名な“心霊スポット”として知られている。

 事故が多い踏切ではあるが、決まって現れるのは“女子大生の霊”である。

“彼女”は、始発前の点検中の駅員や通りかかる運転士によって目撃されており、その頻度もかなり高い。もちろん誰でも見えるというわけではなく、見えない人にはまったく見えていないようだ。“彼女”が現れる理由ははっきりしている。

それは20年以上前に起きた人身事故が関係している――。

・女性の姿はそれから何度も目撃され、一時はお祓いも検討されたが、結局うやむやになって今に至っている。

 現在はほとんど話題にも上がらなくなっているが、それは女性の霊がいなくなったからではない。

 現在も“彼女”の姿は目撃され続けている。

<“自殺の名所”の踏切で起きた不可解な自殺>

・東京近県にあるK駅の近くには、いわゆる“自殺の名所”といわれる踏切がある。

何の変哲もない踏切で、大きな公園が近くにあるため、やや暗い雰囲気

だが、昼夜分かたず人身事故が後を絶たない。

 駅からは歩いて十数分とけっして近くはないのに、まったく縁もゆかりもない場所からこの踏切を死地に選ぶ人もいる。

 いったいなぜ、ここが選ばれるのか。まったく見当もつかない。

・ちなみにSが夫婦の霊を目撃した宿泊室は、現在はリネン室となっている。この1件以降、頻繁に霊現象が続いたためである。

<「Sトンネル」に出現する“Yばばぁ”>

・東京近県の山間部にあるS峠は、関東夜臼の心霊スポットとして知られている。

元々この道は江戸と幕府直轄領だったC地区を結ぶ由緒ある街道で、C地区の霊場を訪れる多くの参詣者が歩いた道である。

・そしてご多聞に漏れず、このトンネルにもオカルト話が伝わっている。それが運転士の間でも有名な幽霊、通称“Yばばぁ”である。

 なぜトンネルの名前のSではないのかはわからない。

ちなみにYというのはトンネルの下り出口がある場所の地名である。

前出のSトンネルに現れる四つん這いで走る女に似ているかもしれない。

夜、Sトンネルを走っていると突然運転席の窓をコンコンコンとノックする音が聞こえる。

 窓の外を見ると白髪の老婆が併走しており、運転席を心配そうな目つきで一瞥したかと思うとすぐに消えてしまうという。

 現在でも少なくとも年に一度は“Yばばぁ”が目撃されている。

そして目撃した運転士はそれから数週間のうちに、必ず人身事故に巻き込まれる。


[PR]
by karasusan | 2015-12-10 09:43 | その他 | Comments(0)