イスラエルの場合には移民と難民によってつくられている。しかも伝統がなくこの60年の間につくられどんどん変わっていっているという意味で特異な例だと思います。(1)

『こんにちは、ユダヤ人です』

ロジャー・パルバース、四方田犬彦

河出書房新社     2014/10/20

<ユダヤ人がいることで世界は豊かになった>

・(四方田)コミュニズムもロスチャイルドも皆同じグループで、今世界中のメディアを操作していて日本も狙われているという話です。

 常にそうした本が刊行されているということは、常に買う人がいるということです。ユダヤ人についてのくだらない本が、いつもくり返し出ている。明治時代からそうです。酒井勝軍のような偽史作者たちが、日本人とユダヤ人は同じ祖先だからといいながら、ユダヤに学んで日本は世界を支配すべきだと論を立ててきました。ユダヤ人に対する日本人の偏見は強くなっていくけれども、知識というものが全然深くなっていかない。これはこの対談を思いたった、社会的な理由の一つです。

・二番目はユダヤ人とは関係がない理由ですが、日本では2000年代に入って非常にレイシズムが強くなったことがあります。ユダヤ人に対してではなくて、韓国人と中国人、あるいは日本に住んでいるエスニックマイノリティに対してです。法務省が亡命も難民も認めないことは日本にかぎったことではありませんが、民間レベルにおいて、日本人ではない者を排除しようとする動きが非常に強くなってきた。

<日本人はユダヤ人を知らない>

・(四方田)日本人のユダヤ人に対する認識が非常に貧しいという現状からはじめましょう。日本では歴史的に見て、組織的なアンチセミティズム、反ユダヤ主義というのは、192030年代には確かに少数ですが存在していました。樋口艶之助という陸軍のロシア語教師を中心に、一時「猶太禍論」が話題になったことがあります。日本の君主制を危うくするのは世界統一の野望をもつユダヤ人だ、という論理です。これは日本の左傾化に対する不安の表現でもありました。

・しかし反ユダヤの火は大きく燃えさかることにはなりませんでした。というのも西欧諸国を比較してみれば理由は簡単で、日本人にはキリスト教徒が人口の1パーセントもいないから、ユダヤ教に対してまったく無関心だし、まずユダヤ人と非ユダヤの区別もできないからです。外国人というだけです。もっと簡単に庶民的に言えば、「外人」です。

・歴史的に言うと、イスラエルのほうではこう思っています。彼らの言う「先進国」の中で、唯一ユダヤ人を差別をしなかった国は日本だけであって、杉原千畝(ちうね)、彼らはセンビと言いますが、そのことを学校で教えていたりする。そのため歴史的にも満州国がユダヤ人を迎え入れて、亡命手続きをしたこともある。日本がヒトラーのナチス・ドイツと枢軸国であるにもかかわらず、だからイスラエル自体は、日本を反ユダヤ主義はない場所だと無邪気に考えている。しかしユダヤ人に対する直接の迫害ではないけれども、ユダヤ人に対する偏見は非常に強い。最初に話したように『ユダヤの大陰謀』とか『ユダヤの商法』とか、そういった本が折につけベストセラーになって出ています。ユダヤ人はすべて金持ちで、すべて狡くて、世界的な陰謀を考えているというふうな、ステレオタイプな本がいまだにつくられています。

1905年にロシアで『シオンの議定書』という偽書が出ました。それが世界中に翻訳されて、今ではそんなものは嘘だということがわかっているのに、日本ではいまだにその別のバージョンがつくられている。先に名を掲げた樋口艶之助、それから四天王延孝という、ともに陸軍系のロシア関係者です。しかしこれ自体、無知からくる反ユダヤ主義です。

 それからもう一つ。日本には、日本人とユダヤ人が同じ祖先をもっている、ヘブライの12の民族のうちの一つだという戦前からの神話的な信仰がある。

「イスラエル・ディアスポラ」という言葉があります。大学を終えて海外に出る許可を与えられた男女が、二度とイスラエルに戻ってこないという現象があって、しかもそれが人口の15パーセントをしめています。ぼくが昔、テルアヴィヴ大学で教えた学生にもいます。どこか別の国に行くといっても、シリアやレバノンなど隣のアラブの国々に行くことはできないわけですから、行くとしたらマルタ島か、それともヨーロッパかインドですね、インドはヒンズー教だからなんとか行ける。あるいは日本ですね。そこでなんとか日本人女性と結婚して、日本国籍を取って、日本に住もうとする。インティファーダが始まったときから、3年間に20万人の人が国外に脱出したという記録が残っています。イスラエル国籍をもっている人で海外に居住している人が、2004年に76万人いるのです。560万のユダヤ人口のうち76万人が帰ってこないという国なわけですよね。特に若い人が出ていってしまう。そういう国自体が病的だと思うんですけれども、用語に誤解があるといけないのでくり返しますと、ユダヤ・ディアスポラではなくてイスラエル・ディアスポラです。ユダヤ人は日本にずいぶんいるんです。

・徴兵が終わらないと、パスポートは貰えません。その後では、もうあの国のことは忘れようと。日本の中にも相当数のユダヤ人が、イスラエル人、非イスラエル人の関係なくいるのだけれども、日本人にはその存在が見えていない。

<戸籍があるのは日本だけ>

・たとえば世界で戸籍というものがあるのが日本だけです。それから日本が植民地支配した韓国です。

・天皇以外の日本人が戸籍をもっています。つまり戸籍とは天皇の家来であることの証明なんです。アイヌ人はかつて戸籍をもっていませんでした。しかし戸籍さえあれば日本人なんです。

<イスラエル建国はユダヤ人の歴史の曲がり角>

<イスラエル社会の複雑さ>

・ここから、ぼくが現実にイスラエルに住んだときの話をしたいと思います。まずイスラエルのユダヤ人社会があまりに複雑であるとわかりました。社会階層がはっきりあって、激しい世代対立もある。

・しかも1948年にできた新しい国の中に社会階層があるということです。ヨーロッパ、たとえばフランスには階級が三つありますね。上流階級、これはバッハを聴いている階級のことです。日本料理のこともよく知っている。表に出てこない。それから二番目に普通の人たちがいます。市場でものを買う。クラシック音楽は「美しく青きドナウ」くらいしか知らない。三番目は外国人労働者。この三つがまったく関係なく存在している。フランスでもイタリアでもそうです。ピエール・ブルデユーが分析した階級社会です。イスラエルの場合には、移民と難民によってつくられている。しかも伝統がなく、この60年の間につくられ、どんどん変わっていっているという意味で、特異な例だと思います。まず顔だけではパレスチナ人とユダヤ人の区別など、ぼくにはできなかった。金髪で緑の目をしているユダヤ人のお姉さんもいるし、ぼくが教えたクラスには黒髪で髭の濃い男性もいた。どこから見てもモロッコ人という人もいる。黒人もいます。ヘブライ語で喋って「ぼくはエチオピアから来たんだ」というわけです。それからロシアから大量にやって来た。今はユダヤ人口の20パーセントくらいになって、頑強にヘブライ語を学ぼうとしない。

・ロシア系でもそういうオフィシャルなところではヘブライ語を用いますが、実際に日常生活ではヘブライ語を馬鹿にしている。ユダヤ文化自体を馬鹿にしている。「夏は暑いからモスクワに帰るのよ」とかいう感じで、豚も平気で食べて「アメリカに行きたかったんだけどね。昔はロシアから逃げるといえばアメリカだったんだけど、ソ連がなくなってからはなかなか受け入れてくれなくなっちゃったからここに来たのよ。ダサイわね」と言う。

・二つのパスポートを持っている人がいっぱいいます。たとえばこういう事件が、ぼくがいたときにありました。ヘブライ大学の近くを夜、ジョギングしていたユダヤ人の学生がパレスチナ人と間違われて警官に射殺された。「止まれ」と言われても、音楽を聴きながらジョギングしていたので気がつかなかった。彼のお父さんやお母さんはミズラヒーム、つまりアラブ圏出身でこっちに来た人たち。顔なんかはアラブ人なので、皆で歩いていても自分だけ「ちょっと来い」と呼ばれてIDカードを見せろとか言われていたそうです。「可哀想だな」と言ったら、「子どものときからこの顔だから、もう慣れてるよ」と言っていました。つまりユダヤ人と言われていても、顔で区別できない。

『失われた徐福のユダヤ人「物部氏」の謎』

三神たける 飛鳥昭雄  学研   2011/5/11

<インディアンは失われたイスラエル10支族だった>

・もし仮にユト・アステカ語のルーツが古代ヘブライ語にあるとすれば、当然ながら、インディアンやインディオたちのルーツがヘブライ人、すなわち、古代イスラエル人であった可能性が出てくる。よく誤解されるが、ユダヤ人を含めイスラエル人はもともと民族的に白人ではない。セム系の民族である。アラブ人を含め、アジアのモンゴロイドと同じ人種なのである。

・イスラエルの全大学の監督官であり、教育文化省の長官であったアビグドール・シャハンによると、南北アメリカ大陸に失われたイスラエル10支族がやってきていたことはほぼ間違いなく、アステカやマヤなどのピラミッド型神殿は、もともと古代イスラエルの神殿とまったく同じものであると主張する。

<縄文・弥生人はイスラエル人だった>

・南北アメリカ大陸のインディアンやインディオは古代イスラエル人の血を引く。だとすれば、だ。当然ながら、同じ環太平洋文化圏に属し、遺伝子的に同じ人種であるアイヌや琉球民族もまた、古代イスラエル人の末裔である。縄文人と弥生人はその文化からは想像もつかないが、実は契約の民だったのである。

 イスラエル人がいるとことには、必ず預言者がいる。霊能者や巫女、シャーマンと呼ばれる人々のなかには、絶対神ヤハウェの言葉を預かる者がいるのだ。縄文文化圏と弥生文化圏と、ふたつに分かれてはいるものの、そこには預言者がいたはずだ。

・縄文文化を今に受け継ぐアイヌの奥の院には、女性のシャーマンだけから成る秘密組織がある。同様に、弥生文化を継承する沖縄の琉球民族にはユタやノロ、そしてカミンチュがおり、かつて聞得大君という女性の祭祀王がいた。おそらく邪馬台国の卑弥呼もまたそうしたシャーマンであり、預言者だったに違いない。

<ユダヤ人徐福の渡来と籠神社>

・日本列島が縄文文化と弥生文化を育んでいた紀元前3世紀、中国大陸から渡来人がやって来る、なかでも大量の民を引き連れてやってきたのがほかでもない、ユダヤ人徐福である。徐福は、同じくユダヤ人の血を引く童男童女と技術者を率いて日本列島へと集団渡来してきた彼らはアケメネス朝ペルシアから東漸し、秦帝国へとやってきた亡命ユダヤ人たちの子孫である。

<卑弥呼はユダヤ人預言者だった>

・籠神社が所蔵する国宝「海部氏勘注系図」には天火明命の子、天香語山命を初代として、第8代目の丹波国造に日本得魂命なる人がおり、その娘の名が「日女命」と記されている。日女命はヒメ命、もしくはヒルメ命と読むことができるように、太陽神に仕える巫女を意味する。これは太陽神の巫女=日巫女、つまり卑弥呼のことなのである。

<イエス・キリストの降臨>

・皇室はもちろん、漢波羅秘密組織の八咫烏たちが秘かに伝える驚愕の事実。それは、イエス・キリストの出現である。実に驚くことだが、復活して天に昇っていったはずのイエス・キリストが4世紀の日本に降臨したのである。

<ふたつの鴨族>

 ユダヤ人原始キリスト教徒である秦氏はイスラエル12支族のなかでも主にユダ族とベニヤミン族から構成されているが、なかには祭司レビ人もいる。彼らレビ系秦氏の中核が賀茂氏である。神道祭祀を一手に握る賀茂氏は「鴨族」とも呼ばれ、全国の神社を支配している。なかでも、京都の下鴨神社と上賀茂神社の鴨族は事実上、神道の元締めといっても過言ではない。

<大酒神社の祭神ダビデと物部氏>

・物部神道がユダヤ教であるならば、先の「アブラハム、イサク、ヤコブの神」という表現を踏襲できるだろう。あえていうならば、「ダビデ、物部守屋の神」だ。この場合、物部守屋を崇拝する物部氏たちにはダビデの子孫が含まれていたことを示唆する。徐福に率いられて物部氏になった東ユダヤ人は、南朝ユダ王国の民であった。これはユダヤ人原始キリスト教徒であった秦氏も、まったく状況は同じである。

<秦氏を名のった物部氏>

・物部氏=海部氏は物部神道=ユダヤ教から秦神道=原始キリスト教に改宗することによって、ユダヤ人原始キリスト教徒=秦氏となった。もともと血統的にも同じ民族であった物部氏=海部氏と秦氏は、この時点で本質的な区別はなくなってしまった。

実は、これこそ徐福伝説につきまとう秦氏の影の正体なのだ。

<お内裏様=スサノオ命はヤハウェ>

・雛祭りにおけるお内裏様はスサノオ命を意味している。スサノオ命は出雲神であり、物部氏の神である。古代出雲王朝は投馬国の領地であり、それを支配した海部氏は物部氏と同族であると同時に、隣の石見には宇摩志麻治命を祀る物部神社もある。

籠(この)神社の極秘伝「多次元同時存在の法則」を持ちだすまでもなく、唯一神を祀る物部神道からすればスサノオ命は絶対神である。元初の神だ。物部氏=ユダヤ人ユダヤ教という観点からすればスサノオ命は絶対神ヤハウェにほかならない。

・スサノオ命は「素戔嗚尊」と表現されるように、荒ぶる神であるといっていいだろう。一方、『旧約聖書』における絶対神ヤハウェは、まさに荒ぶる神である。天変地異を引き起こす嵐の神だ。絶対神ヤハウェが龍神リヴァアサン(レビアタン)を退治するエピソードがあるが、これはスサノオ命のヤマタノオロチ退治そのものであるといっていいいだろう。

・また、スサノオ命は出雲神の代表格である。出雲とは雲が出ると書くが、雲を出すとも読める。実際、スサノオ命が詠んだ日本最古の和歌「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を」に端的に示されるように、八雲や出雲など、雲そのものがスサノオ命の代名詞ともなっている。

・対する絶対神ヤハウェはイスラエル人の前に姿を現すときは、必ず、雲を伴った。大預言者モーセの前に現れたときも燃える紫、シナイ山のイスラエル人を導くときは雲の柱となり、さらに契約の聖櫃アークを収めた幕屋でも、顕現するときは必ず雲が部屋を覆い尽くした。いわば絶対神ヤハウェは雲を出す出雲神と表現できるのだ。

 ユダヤ人ユダヤ教徒であった物部氏は自らが奉じる絶対神ヤハウェを『旧約聖書』に記された故事にならって出雲神、なかでも荒ぶる神として位置づけられたスサノオ命と呼んだのである。

<お雛様=天照大神はイエス・キリスト>

・一方、お雛様の天照大神はイエス・キリストを意味している。天照大神は太陽神であり、天孫族の神、すなわち天津神だ。国津神に対する天津神を祀るのは神武天皇=応神天皇、つまり秦氏である。ユダヤ人原始キリスト教徒であった秦氏が祀る天照大神は、いうまでもなくイエス・キリストにほかならない。

天照大神がイエス・キリストであることは記紀神話の中にしっかりと記されている。天照大神を天照大神たらしめている「天岩戸開き神話」が、それだ。天照大神は弟であるスサノオ命の乱暴狼藉によって体を傷つけられたことがきっかけで天岩屋に籠もる。このとき『古事記』では天服織女、『日本書紀』では稚日女尊が死亡している。いずれも天照大神の分身とされることから、神話的に死んだのは天照大神自身であると解釈できる。事実「隠れる」という表現は天皇陛下をはじめ高貴な人が亡くなったときに使う表現である。

 かくて死んだ天照大神は天岩屋に籠ったのではなく、実際は横穴式墳墓に葬られたことになる。入り口には大きな岩が扉として置かれたという。

・さて、天照大神が天岩屋に籠もったことで天地が暗くなり、困りはてた神々は天岩戸の前に大きな榊を立て、そこに八咫鏡をかけた。天鈿女命は裸踊りをし、そばで常世の長鳴鶏が夜明けを告げる。

 あまりの騒々しさに、天岩屋に籠もっていた天照大神が不振に思って天岩戸を少しだけ開けたところへ、天鈿女命が八咫鏡を差しだし、そこに映った姿を指して別の尊い神がいると述べた。これに天照大神が驚いた隙に天手力雄神が天岩戸をこじ開けて引きずりだし、天児屋根命が注連縄を張って二度と入れないようにした。こうして再び世界に光が戻ったというのが天岩戸開き神話のストーリーだ。

・これはカッバーラの手法で描かれたイエス・キリストの十字架刑と死、そして復活のことなのだ。八咫鏡に映った段階で、天照大神は鏡像反転して男神となり、それが榊にかけられていた。榊とは神の木であり、「生命の樹」のこと。原始キリスト教における最大の「生命の樹」は十字架にほかならない。十字架は木製であり、そこに磔になったイエス・キリストを表現したのが八咫鏡なのだ。天孫ニニギ命に託宣したように、八咫鏡は天照大神の分身であり、榊にかかった状態は、まさに十字架刑を象徴していたのだ。

・さらに裸踊りをし、八咫鏡を差しだした天鈿女命は、娼婦とも呼ばれ、最初に復活したイエス・キリストに会ったマグダラのマリア。常世の長鳴鶏とは使徒ペトロがイエスを知らないと嘘を口にしたときに鳴いた鶏のこと。そして、天岩戸開きに関わった天手力雄神と天児屋根命は、イエス・キリストが復活したときに現れたふたりの天使を意味しているのである。

・カッバーラにおいて、イエス・キリストは御子なる神であると同時に絶対神ヤハウェである。ヤハウェが受肉した姿がイエス・キリストなのだ。霊のみで肉体を持たない陰なる存在としての御子がヤハウェであり、肉体を持った陽なる存在としての御子がイエス・キリストなのである。

・雛祭りでは、お内裏様とお雛様の祝言が行われ、ふたりは結婚してひとつになる。男神と女神が結ばれてひとつになるとは、神話的に同一神であることを象徴する。スサノオ命と天照大神、すなわち、ヤハウェとイエス・キリストが同一神であることを示しているのである。

『アカシャ 光の叡智』

 2012年と光の12日間のオリジナルソース

ゲリー・ボーネル  徳間書店    2009/5/22

・この小説を読むとき、少年ゲリーの記憶の繊密で発意の高度さに動揺しないでいられるのは、文章があまりにもうまいからだ!

<“光の十二日間”の直前に湧き上がる十四万四千の存在たちの祈り!>

<マスター・イエスと夢の中で現実に出会う>

・見上げると、扉のすぐ内側に、白い着衣の上に青いローブをまとった一人の男が立っていた。その腰には紫色でできた単純なベルトが巻かれ、挨拶とともに前にのばされたと思しき両腕は、まだそのままだった。顔は陰に隠れていたが、僕には彼の優しさがよくわかった。僕はそれをハッキリと感じることができた。

・扉の前で震えながら立っている僕の顔を彼の青い目が見つめていた。それは、見慣れた明るい赤毛の髪と、黒みを帯びた赤茶色の髭に縁取られた細めの引き締まった顔だった。その髭は僕のと同じくらいに長くて、着ていたローブは、僕らが先祖代々身にまとってきたものと同じタイプだった。彼の声は、水のようであり、鳥たちのようであり、風のようであり、木のようであり、太陽のようでもあった。一度にこのすべてであった。

<霊の領域には正しいか悪いかを決める裁きは存在しない!>

・反キリストのユダヤ人に対する主張は自己矛盾を発生させない。彼にとって、自分の悲しみの責任は、すべてのユダヤ人とその同盟者たちにある。この単純な事実が、彼の現実を治めているのだよ。彼らが自分の両親を殺すのを彼は目撃した。彼は、彼らを裁いているわけではない。ユダヤ人たちは平和に反していて、普遍的な平和を築くことが自分の使命だということを彼は何の疑いもなく、信じている。ただし、彼らユダヤ人はユダヤ人であるから悪いのだとは考えていない。彼が信じているのは、ユダヤの伝統こそが、この世の諸悪の根源であるということ。

・それから“十二日間”の前には、ある病気が世界中で発生する。最初は、少数の人たちがかかるだけだけど、それが世界中で広がって恐ろしい病気になってしまう。その病気のせいで、人々は抱き合ったり、互いに親しくつき合うことを恐れるようになる。それから大きな戦争が起こって、真実に従って生きる人たちは、嘘に従って生きる人たちが自分たちを殺すのを許すことになる。全員ではないけど、多くの人たちがそうする。その犠牲は、集合的カルマの浄化に貢献しようとして、彼が選択すること。そのあと、僕らはみんな、全ての人間が互いに愛し合って生きる場所で暮らすようになる。そこはあなたが、言った“キリスト領域”みたいな場所。そのときから、すべたがまた新しくスタートする。

『ヒトラーの呪縛 上』  日本ナチカル研究序説

佐藤卓己 中央公論新社     2015/6/25

<「マルコポーロ」廃刊事件>

・阪神淡路大震災が起こった1995117日、文藝春秋の月刊誌『マルコポーロ』2月号に「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった。」と題する医師・西岡昌紀の記事が掲載された。前文にはこうある。「実は『ホロコースト』=ナチスによるユダヤ人虐殺説には、今大きな疑問が投げかけられ始めているのだ。ユダヤ人が悲惨な死をとげたことは間違いない。しかし、ガス室で、計画的に殺されたという話には証拠が少ない」「欧米では、この種の疑問が、ジャーナリズムをにぎわしている。当のユダヤ人学者でさえ、疑問を呈しているのだ。なぜ日本のマスコミだけが、この問題を書かないのか。若手の医師が、個人で調べ上げた驚愕の新事実!」。ユダヤ人団体の反応は早かった。119日には、サイモン・ウィーゼンタール・センターが在米日本大使・栗山尚一に抗議、同誌の広告主マイクロソフト社などに広告掲載停止を申し入れた。同月30日には、同誌の廃刊と編集長の解任が発表された。

・ユダヤ人団体の日本メディアに対する抗議は『マルコポーロ』問題以前にもあった。937月にはウィーゼンタール・センターが第一企画出版の『最後の共産党的 日本を撃て』(モルガン・J・ヤコブ著)などの書籍広告を掲載した『日本経済新聞』に、9410月には、「アメリカ・ユダヤ委員会」が徳間書店の『ロスチャイルド世界金権王朝』(J・アームストロング著)などの書籍広告を掲載した『読売新聞』に対してそれぞれ抗議している。これらの抗議は大手メディアがユダヤ陰謀本の広告を掲載したことに対してであったが、『マルコポーロ』問題は性質が違った。当時の『産経新聞』ワシントン駐在編集特別委員の古森義久は、アウシュヴィッツ解放50周年記念日にあわせるように出された同誌の記事について「これまでのユダヤ陰謀説が遠くからトラに石や紙ツブテを投げていたのだとすれば、こんどのホロコースト否定説はトラの尾どころか、頭をまともに踏みつけた」と書いている。

・『マルコポーロ』廃刊については、多くのメディアで評論がなされた。しかしユダヤ人陰謀説の書籍は、相変わらず出版が続いた。

・ユダヤ陰謀説とは少し違うが、ホロコーストを間接的に否定したとして、20141月には、『眠れなくなるほど面白いヒトラーの真実』(日本文芸社・2014年)が、ドイツ日本研究所の抗議により回収された。また、1411月に『産経新聞』が「ホロコーストはイスラエル建国のためのでっち上げ」との見出し付きで書籍広告を掲載し、ウィーゼンタール・センターから抗議を受けて謝罪記事を載せるなど、ホロコースト否定と表現をめぐる問題は21世紀も続いている。

・後を絶たない「反ユダヤ」言説。ユダヤ人団体の抗議は内容に踏み込んで議論するものではなく、広告主への広告撤回要求など有無を言わさぬ方法がとられるのが特徴だ。『マルコポーロ』問題では、ウィーゼンタール・センターは次のような手紙を送って、反論掲載の申し出を断っている。「ホロコースト有無の論争は、1933年にヒトラーが権力の座についてから数年の間であれば、可能だったでしょう」「しかし、起きた後、それが起きたかどうかの論争は無意味となります」。

『タブーの正体!』   -マスコミが「あのこと」に触れない理由

川端幹人  筑摩書房 2012/1/5

<メディアにおけるタブーとは何か>

<今も続く電力会社への配慮と協力キャンペーン>

・原発報道をめぐるこの異様な状況の背景には、メディアと電力業界の長年にわたる関係がある。

・テレビ、新聞、週刊誌などの既存メディアは何十年にもわたって電力会社から莫大な金額の広告提供を受け、電力・原子力業界と一体といってもいい関係を築いてきた。その結果、東電をはじめとする電力会社はメディアにとって絶対に批判が許されない存在になってきた。

・原発事故直後に取材した民放の報道局幹部はこう語っている。「電力業界は広告量もすごいし、上層部同士の濃密な交流もある。それにどんな些細な報道にも圧力をかけてくる。だからメディアはすごく電力会社を恐れているし、テレビではかなり前から、電力会社や経済産業省が発表したとき以外は不祥事の報道はしない。原発で事故やトラブルが起きても批判は最小限に抑えるというのが、暗黙のルールになってきた。今回の事故ではさすがに東電からの直接的な圧力はなかったが、この長年のタブー意識が強く働いている」

<「噂の真相」によせられたタブーの告発>

・国民の生命や財産を危機にさらすこんな事態になってもなお、電力会社を守ろうとし続けるメディア。この国が抱える電力会社タブーの強固さには愕然とさせられるが、しかし、これはあくまで氷山の一角にすぎない。

テレビや新聞、週刊誌などの既存メディアは他にも数多くのタブーを抱えている。皇室、同和団体、宗教、あるいは有力政治家や検察・警察といった権力機関、大手自動車会社、さらには大手広告代理店、大手芸能プロダクション所属のタレント・・・・

・私はフリーのジャーナリストとしていくつかの商業雑誌で連載を持ち、さまざまなメディアの取材に協力するようになったのだが、そこに広がっていたのは、かつて想像していた以上に「書けないこと」だらけの世界だった。

「そのネタはウチじゃちょっと」「この問題はまずい」「あそこにさわるのは危ないから」テレビや新聞関係者、週刊誌、月刊誌の編集者からこんな台詞を何度、聞いただろうか。

 その典型的な例といえるのが、数年前、私自身がある有力ユダヤ人団体について言及しようとしたときの体験だ。

触れることすら許されなかった、ユダヤというタブー

・このユダヤ人団体は、SWC(サイモン・ヴィーゼンタール・センター)という、アメリカに本拠を置くユダヤ差別やナチ礼賛発言を監視している組織だ。日本でもホロコースト否定論を掲載した月刊誌『マルコポーロ』(文藝春秋)に激しい抗議行動を繰り広げ、同誌を休刊に追い込んだことがある。そのSWCが当時、反ユダヤ的な書籍を出版したとしで徳間書店に販売停止を要求していたのだ。

・だが、SWCが問題にしていた『ユダヤ・キリスト教「世界支配」のカラクリ』という書籍はタイトルや内容の一部にやや扇情的な表現があるものの、ユダヤ差別や陰謀論を主張しているわけではなく、販売停止要求を受けるようなものには見えなかった。そこで、私は連載中だった朝日新聞社発行の月刊誌で、「無根拠なユダヤ陰謀論が横行する現状は問題だが、この程度の評言まで封殺しようとするSWCもおかしい。ユダヤへの恐怖がルサンチマン(恨み)に転化し、逆に水面下でユダヤ差別や陰謀論を助長する結果を招きかねない」と指摘したのだ。

・だが、原稿を入稿してすぐ、想像もしなかった事態が起きる。私の携帯電話にその月刊誌の編集長から直々に連絡が入り、こんな通告を受けたのである。

「SWCに関する記述をすべて削除してほしい」

・しかも、これは朝日新聞社だけの話ではなかった。同時期、知人の評論家が別の全国紙や大手出版社発行の週刊誌でこの問題を取り上げようとしたのだが、両方のメディアからまったく同じように一切の掲載を拒否されている。

 なぜユダヤやSWCに触れることが許されないのか、その理由については後に詳述するが、こういった強固なタブーを無数に抱えているのが、今のメディアの現状なのである。

<ネットはタブーを解体するか>

・要するに、ネットがいくら正確な事実を暴き、重要な指摘をしても、現実社会で無視されると、その情報は存在しないことになってしまう。ネットの情報が影響力を持てるのは、当事者がその情報を事実だと認めた場合か、国会や政府当局、あるいは新聞やテレビなどのマスメディアがそれを大きく取り上げた場合にかぎられるのだ。

 しかも、ネットワーク情報には膨大なバズ情報が混在しており、これがさらに困難な状況を作りだしている。

<メディア・タブーはかつて「タブー」ではなかった>

・実際、ここ数年のマスメディアの動きを見ると、その危惧は現実のものとなりつつある。マスメディアにおけるタブーはなくなるどころか、増殖の一途をたどっているのだ。数年まで、どのメディアでも平気で報道されていたスキャンダルが、捜査当局が動かなければ報道できなくなり、スキャンダルどころかほんの些細な批判や揶揄までも自主規制するようになった。

 ネットの上では殆ど言論の治外法権が出来上がるのと同時進行で既存のメディアの中では小さな禁忌がそこかしこに出来上がっている。

ユダヤ・タブーを作り出した広告引き上げの恐怖

<ユダヤ・タブーを決定的にした二つの事件>

・近年、暴力や権力以上にタブーを生み出す大きな要因となっているのが、「経済」だ。メディアといってもこの国の場合はほとんどが営利企業であり、自社に経済的損失を与えるような報道、表現はできるだけ回避しようとする。そして、自主規制を繰り返しているうちに、特定の企業や団体、個人が批判の許されない存在になっていく。

 実際、「経済の恐怖」によってタブーとなっている領域は想像以上にたくさんある。

『ユダヤ陰謀説の正体』

松浦寛  ちくま新書   1999/11/1

<UFOとホロコースト>

<UFOを操っているのはだれか>

・ホロコーストとUFOとはいかにも奇妙な取り合わせのように思われるが、ユダヤ人に関する偏見には、他のどの民族に関する偏見にもまして奇妙なものがある。

・「UFO問題の一番深い根幹部にあるのは、実は『ユダヤ問題』だったのである!」と『{超真相]エイリアン&第3次世界大戦}(1996年)なる著書で説くのは、「サイエンス・エンターティナー」を自称する飛鳥明雄である。飛鳥は、「子どもの頃から古代古墳に囲まれた環境で育つが、UFOを目撃したことで超常現象の世界に興味を持つようになった」という人物である。

・飛鳥によれば、194774日にアメリカのニューメキシコ州ロズウェルで米軍が発見したというUFOに乗っていたエイリアンの4遺体は実はモンゴロイド系で、UFOを飛行させるほどの高度科学技術の担い手は日本人を含むモンゴロイド系であるという

・そして、モンゴロイド系を中心とするアジア系諸民族こそ、古代イスラエルの失われた十支族の末裔だというのである。すぐに分かるように、失われた十支族云々は、飛鳥の信奉する、一夫多妻制などの主張でとかく周囲と摩擦を起こすことの多いアメリカの新興宗教の教義(インディアンと俗称されるネイティブ・アメリカンは移住したイスラエルの失われた支族との由)のヴァリエーションで、それを飛鳥は、われわれが先に論じた「日本=ユダヤ同祖論」と折衷したわけである。

・飛鳥は、これに宇野正美がアーサー・ケストラーの『ユダヤとは何か――第十三支族・カザール王国の謎』の翻訳を通して流布した奇説の一部を付け加える。

 宇野説とは、イスラエル国籍の大方がそうである白人系のアシュケナジー・ユダヤ人は、中世期に挙国改宗した黒海沿岸にあったカザール王国の子孫で、血統的にはスペインからアフリカ方面に逃れたスファラディ・ユダヤ人だけがアブラハムの子孫であるというものだが、飛鳥は「アシュケナジー・ユダヤ人=カザール人」の部分だけを採用し、日本人を含むモンゴロイド系民族と失われた十支族との結びつきを強調する。

・ご存知の通り、アメリカ政財界を握るユダヤ系資本は、白人系ユダヤ人で占められている。(・・・)これは血統的に何の関係もないロックフェラーに代表される白人系ユダヤ人が、「シークレット・ガバメント」を構成し、軍産複合体と世界最大の軍事力を結びつけ、アメリカを裏側で完全に支配している構図を意味する。彼らはそれだけでは飽き足らず、国連を配下に置きながら、世界統一政府を樹立させ、世界の冨の独占化を狙っているのである。UFOに乗って包囲網を簡単に突破してくるモンゴロイドが存在することは、白人系ユダヤ人にとって、自分たちの民族的偽称が暴かれる“最大の恐怖の序曲”が始まったことを意味する。

・ロックフェラー家はユダヤ系ではないので、もちろんアシュケナジーとかスファラディとかいうことは問題にならない。飛鳥は、いわば二重の誤りを犯しているのである。しながら、飛鳥の議論には滑稽とばかり言っていられないものがある。というのは、この議論を支えている妄想的確信は、その基盤をアメリカの政治的・宗教的極右と共有しているからである。UFO関連書とユダヤ陰謀論が同じ出版元であることが少なくないアメリカから原理主義的主張に支えられて、俗悪な人種主義と反ユダヤ主義がとめどもなく日本に輸入されてくる。


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by karasusan | 2016-01-06 23:03 | その他 | Comments(0)