西洋神界はスサノオ神とその系統の神々が1万年ほど前に拓いた地域で、シュメール族は「スサノオ神系」だというのが宮地・友清などの説である。(2)

『神仙道の本』 秘教玄学と幽冥界の参入

 ムック   2007/3

<神仙界の構造>

<神仙がすまう天の霊界と地の霊界>

<陽の身体を手にいれる>

・神道や古神道、それと血縁関係にある神仙道や道教では、世界には目に見える物質的な世界(顕界)と、目に見えない霊的な世界(幽冥界・幽界)があると説いている。物質的な世界といっても、そこには霊的な要素が必ず含まれているし、目に見えない霊的な世界といっても、物質的な要素を含まないという意味ではない。

・この「無形体の元素」が、目に見えない霊妙な物質のことで、これが凝結すると、「有体物」すなわちモノとなる。物質といい霊といっても、もとを遡れば天地が生成する以前の「一点真精の元気」にほかならない。顕界も幽冥界も、この元気から生まれてきた同胞なのである。

・幽冥界に出入りしていた古神道家で神仙家の友清歓真も、神仙界に行くと30歳くらいの自分に若返ると書いている。

このように、陽の身体を手にいれると、すばらしい世界が開けてくる。神仙界の高みから、地の世界を見ると、そこは暗く濁った陰気や腐臭・俗臭が渦巻く穢れの世界に映る。そこで神仙道修行者は、少しでも穢れから離れるために、地の顕界(われわれが暮らしている現界)のなかでは清浄度が高く、強い陽気が流れている深山の霊区に入るのである。

・「魂魄図」。人の死後、たましいは魂と魄とに分かれ、魂は陽に従って天に昇り、魄は地に降り、陰に従うという。この霊界観念の基本を寓意的に描く。

<陽極と陰極の間のグラデーション>

・世界というのは、陽気の極みと陰気の極みの間の、すべての諧調(グラデーション)のことである。

・この極陽に近い部分が天の霊界(天の幽界・天の顕界)、極陰に近い世界が地の霊界(地の幽界・地の顕界)ということになる。

 われわれ地球人と深く関連するのはもちろん後者で、幽冥界に出入りした神仙家の見聞録というのは、たとえ本人が「これは宇宙の霊界まで行ったときの見聞だ」と主張しようとも、すべてがこの地球の霊界のことらしい。なぜそういえるかというと、霊魂の速度という問題がからむのである。

・霊魂の飛行速度はこれだけ遅いのだから、光の速度で何十、何百年もかかる太陽系外の天の幽界・天の霊界が手の届かない世界かというと、そうでもないらしい。

<地の霊界の首都「神集岳神界>

・とはいえ、おおまかな世界分けはある。神仙道の場合、まずトップにくるのが天の霊界筆頭の大都{紫微宮}で、天地宇宙の根源神の宮であるという。

・この紫微宮の次にくる大都は、天照大神の神界である「日界」(太陽神界)で、ここが太陽系全体の首都ということになる。神仙道では、この日界の次にくる大都以下を地球の霊界とし、その首都を「神集岳神界」と呼んでいる。

 神集岳は地の霊界全体を管理運営する神界で、地の霊界の立法府・行政府・司法府の最高官庁が、この都におかれているという。地の霊界の最高神イザナギ・イザナミ神だが、両神はいわば天皇のような別格の存在らしく、実際の幽政をつかさどる総理大臣は少彦名命であるという。

・首都・神集岳神界に対する副都を「万霊神岳神界」という。われわれ人類にとっては、この神界はとくに重要な意味をもつ。神界では、年に1回、現世の人間、霊界に入った人霊、および仙人など一切霊の“人事考課”を行い、寿命も含めた運命の書き換えが行われるという。この作業の中心が、まさに万霊神岳だそうなのである。

<異界交通者が赴く「山人界(天狗界)」>

・以上は地の霊界のなかの高級神界で、狭義の神仙界に相当する。しかし、神仙道でおなじみの、いかにも仙人世界めいた世界は、これよりランクの低い「山人界(天狗界)」で、平田篤胤に霊界情報を伝えた仙童寅吉や仙医の島田幸安、その他もろもろの山中成仙者は、ほぼ全員がこの山人界の情報を主としている。最もポピュラーな仙界がこの山人界なのである。

・次に、僧侶や仏教信者など、仏教と深い因縁で結ばれた者が入る「仏仙界」がある。平田篤胤の“毒”にあてられた古い神仙家は、仏仙界を目の敵にし、聞くに堪えない罵詈雑言を投げつける者もいるが、そうした偏った見方は、今日ではかなり改まってきたようだ。

・このほか、一般の霊界、いわゆる魔界、地上世界のあちこちに開けている幽区等、数々の霊界がある。

・なお、スウェーデンボルグあたりから以降の欧米スピリチュアリズムでは、霊界の思いの世界で、念じたものは善悪吉凶にかかわらず、パッと現れると主張しているが、これは霊界の半面だということを指摘しておきたい。

・友清が喝破しているとおり、全霊界は「むすび」と「たま」の両界に大別される。むすびの世界とは「衣食住や山河草木や万般の調度品が、客観的実在として殆ど人間界のごとくに存在する」世界のことで、われわれの現界もここに属する。出口王仁三郎や友清らがいうように、現界もまた霊界の一種、むすびの霊界なのである。

 一方、たまの世界は「欲する品物が欲するままそこに現出する代りに、注意を怠って居ると消えたり、一瞬にして千里を往来したり、もやもやと雲のようなものが友人や知人の顔となり手となって遂に完全な姿としてそこに出て来たり、高い階級で美しい光の乱舞の中に自分も光の雲の如くに出没穏見したりする」世界をいう。欧米スピリチュアリズムのいう霊界はこれだが、霊界というのは、あくまで「むすび」と「たま」の総体を指すのである。

<高級神界の世界>

<神集岳神界・万霊神岳神界・紫府宮神界とは>

<すべての地の霊界を統制する大永宮>

・宮地水位によれば、脱魂して空に飛びあがり、2時間ほど飛んで西北方に降りたところに「神集岳神界」がある。中心は大永宮という巨大な宮城で、一辺が160キロもある高い壁に取り囲まれている。四方に大門があり、宮城を四方から囲む数十の宮殿群もある。

・「地球霊波圏内における神界は神集岳が中府であり万霊神岳がこれに亞ぐのである。神集岳大永宮の統制下に幾多の霊界があり、その中には支那や印度や西洋の種々の霊界が幾層にも存在する」

 世界のさまざまな霊界を藩に見立てるなら、大永宮は諸藩の上に君臨して政事(幽政という)の大権をつかさどる幕府にあたる。幽政の中府だけに、膨大な数の高級官僚が働いている。東洋・西洋、人種はさまざまだが、日本人もたくさん含まれている。

<紫府宮神界とその娘>

・この神集岳、後述する万霊神岳の双方と密接に連絡しあっている高貴な大神界に、事代主神がつかさどっているという「紫府宮神界」がある(宇宙神界の紫微宮神界ではないので注意)。

<天機漏らすべからず>

・そもそも、「天機漏らすべからず」といって、神仙界の機密は人間界には伝えないのが決まりになっている。

<現界人の生死・寿命を管掌する神>

・この紫府宮が重要なのは、ここが「太玄生符に関する幾多の重要なる神事」や「地上の大気から人間の呼吸にまで及ぶ神秘な幽政の行わるるところ」だからだ。

・この改訂によって、各人の1年間の運命が定まるわけだが、現界人の生死・寿命および帰幽霊の身上を、じかに管掌しているのは国津三十二司令神という神で、この神は中国で東王父と呼ばれている大国主神の監督のもと、万霊神岳を拠点に活動している。

・大きな島嶼としてまとまっている神集岳とは異なり、この神界はさまざまな霊界幽区が集まってできた“連邦体”だという。この世界に属する霊界はきわめて広く、いわゆる極楽や地獄も内包しているし、仏仙界も含まれるというから、その巨大さは想像を絶する。

<宇宙の神仙界>

<大気圏の外にも広がる神仙の世界>

<北極紫微宮のレポート>

・まして直径が約10万光年といわれる銀河系の遊覧など、まったくの論外なのであるにもかかわらず、それらの世界に行ったという報告があるのは、「じつは遠方の星の世界の状況が、この地球の大気圏内の或るところに影を映したような状況になって、そこへ行ってきた」からだという。

・水位は、日界には入りがたいが、下に見たことはあるといい、城郭のようなものが数十あったといっている。

・最後に、地球に最も近い月界だが、ここは「諸の穢の往留る」根の国、底の国にあたる。そのため、神仙から月球人にいたるまで、すべて地球より「遥かに卑しく劣る」(利仙君)そうで、かぐや姫のようなロマンチックな世界ではないらしい。

<仏仙界  神仙界と対立する妖魔の巣窟か?>

天狗を使役する僧侶らの棲まう仏仙界

<神仙家が敬遠する世界>

・仙界に出入りした神仙家は多いが、不思議なことに、仏仙界についてはだれも中に入って見聞しようとしない。敬遠しているのは明らかだが、それも道理で、彼らは筋金入りの仏教嫌い、仏仙嫌いなのだ。

 仏教に対する嫌悪感を最も露骨に示しているのは、『幽界物語』の著者で平田派国学者の参沢宗哲だ。

・たとえば釈迦・空海は「妖魔遣い」といわれる。さらに空海は、法然とともに「仏仙境の山精(小愚賓)」となっているという。山人界でもないのに愚賓が出てきているのは、仏仙界にも僧侶のなりをした愚賓が住んでいるからだ。

<印相を駆使する山人たち>

・魔愚賓の空海・法然よりもっと悲惨なのは「異類」とされた日蓮で、もはや人霊ですらない。もっとひどいのが親鸞だ、親鸞は「卑き妖魔なりしが、魂分散して住処知れ難し」「妖魔の境に入りては、虫螻となりて非類の苦悩を受る事也」と、洒落にならない貶されようなのだ。

 高野山批判もきつい。神仙界では「仏仙山」と呼ばれている高野山は「魔境のひとつで、空海をはじめ仏魔どものいるところ」なのだそうだ。

・「誰彼が天狗界に居るとか仏仙界に居るとかいう所伝があっても、そうばかりも申されない事実がある。又た神仙界と仏仙界が対立したり敵対したりして居るというようなことは明治以来抜本的に何度も(霊界が)改革された今日では決してないのであり、人間界が19世紀の常識から甚だしく飛躍して居るごとく霊界も亦そうである」

『災害と妖怪 柳田国男と歩く日本の天変地異』

畑中章宏   亜紀書房   2012/7/24

<天狗が悪魔を祓うといまも信じられるている事>

<遠野の天狗>

『遠野物語』29「雞頭山は早池峯の前面に立てる峻峯なり。麓の里にてはまた前薬師ともいう。天狗住めりとて、早池峯に登る者も決してこの山は掛けず」

29「山口のハネトという家の主人、佐々木氏の祖父と竹馬の友なり。きわめて無法者にて、鉞にて草を苅り鎌にて土を掘るなど、若き時は乱暴の振舞のみ多かりし人なり。ある時人と賭けをして一人にて前薬師に登りたり。帰りての物語に曰く、頂上に大なる岩あり、その岩の上に大男三人いたり。前にあまたの金銀をひろげたり。この男の近よるを見て、気色ばみて振り返る、その眼の光きわめて恐ろし。早池峯に登りたるが途に迷いて来るなりと言えば、しからば送りてやるべしとて先に立ち、麓近き処まで来たり、眼を塞げと言うままに、暫時そこに立ちている間に、たちまち異人は見えずなりたりという」。

29話の大男たちが、岩の上で金銀をひろげ、恐ろしい眼光であったという特徴しか描かれなかったのにたいして、62話のほうは大柄の僧形で、赤い衣を羽のように翻して空を飛ぶなど、現代の日本人がイメージする天狗らしさを備えている。三つ目の90話では、恐るべき「異人」としての天狗が「天狗森」にいることが記されている。

・この『幽冥談』で柳田が明らかにしようとしたのは、「幽冥教」すなわち、天狗信仰の歴史であった。この世の中は「現世(うつし世)」と「幽冥(かくり世)」から成立している。しかし、かくり世からうつし世を見聞することはできても、うつし世からかくり世を見ることはできない。柳田は、この二つの世界が交わるところに、天狗に代表される土俗的な民間信仰を位置づけるのである。そして神道をはじめ、キリスト教や仏教が衰微する時代には「いつでも天狗が暴れる」。「戦乱がある間際になると非常に天狗が暴れる。むしろ戦乱をもって天狗のなさしむるところだという説もたくさんある」と指摘する。

<天狗の定義>

・天狗にはまず、「大天狗」と「小天狗」の二種類がある。大天狗は鼻が高く、山伏のような出で立ちで高下駄を履き、羽団扇をもって空中を自在に飛びまわる。小天狗も出で立ちは大天狗と変わらないものの、烏のような嘴で背中に翼を生やしていることから「烏天狗」とも呼ばれる。

・今昔時代には鬼と天狗は別種の魔物だと考えられ、それぞれに偉大な勢力を振るっていた。その後「鬼党」は零落し、「幽霊亡霊」の階級まで退却したが、「天狗国」は久しく栄えて、田舎や山間を支配した。

・また元来、天狗というものは神の中の武人で、中世以来の天狗は武士道の精髄を発揮している。

・さらに「西洋でも北部欧羅巴に今なお活動しているフェラリーのごとき、その発祥地であるところのケルト民族の特性をよく代表している」として、妖精と妖怪を比較する。

・天狗をグヒンというに至った原因もまだ不明だが、地方によってはこれを山の神といい、または大人(おおひと)、山人(やまひと)ともいって、山男と同一視する処もある。

・こういった山中の怪異は、通りがかりの個人を怯えさせるものにすぎないけれど、家や町や村に火事をおこすことで、天狗は最も恐れられた。「幽冥談」の天狗が、指差すだけで穢れた村に火を放ったのも、ひとつの例である。

・天狗は日本の神々のなかで最も位が低いが、焼畑の火入れを守ってくれる神でもある。

『神仙道の本』 秘教玄学と幽冥界への参入

学研マーケティング   2007/3

『図説・仙境異聞』

<仙道寅吉の物語>

神仙界を探訪した少年の実録

・幽冥界探求にただならぬ情熱を抱く平田篤胤が、神隠しに遭って江戸に舞い戻ってきた少年・寅吉と、ついに運命的な出逢いを果たす――。

篤胤は、寅吉の口から語られる異界見聞譚を巧みに聞き出し、克明に記し、精緻に図像化した。かくして、幽世の民俗誌ともいうべき前代未聞の遺産が残されたのである。

<天狗小僧、異界より現る> 

・『仙境異聞』全7巻には寅吉という異能者の言行が詳細に記録されている。”異界もの”という、いわば眉唾物のジャンルでありながら、この記録にはただごとではない圧倒的なリアリティがある。篤胤の方法論は、頑固までの実証主義だった。曖昧で情緒的な記述は、配され。徹底した聞き取りによって事実として納得できた事柄だけが記されていったのである。

・文政3年(1820)晩秋、江戸に神仙界と人間界とを往還するという少年が現れた。名を高山嘉津間、通称を仙童寅吉という。

<寅吉、神仙の世界を語る>

・寅吉は、神仙界についてこう語った。7歳のころ、上野池の端の五条天神前で遊んでいると、薬売りの翁が目にとまった。その翁は毎日そこで丸薬を売っていたが、店じまいときは決まって、敷物、薬、葛籠などをわずか34寸の壺にしまいこんでいる。そして最後は自分も片足からスッとその壺に吸い込まれると、壺ごとどこかに飛び去っていくのだ。寅吉は、この謎の翁といっしょに来ないかと誘われた。卜筮を教えてやるというのだ。そして、この翁について自身も壺中に消える。これがすべてのはじまりだった。

・寅吉が訪れたのは、常陸国の加波山と吾国山に挟まれた難台丈という行場である。翁は、岩間山の神仙で杉山僧正といい、13の眷属をたばねる天狗の首領だった。この眷属は、人の形をした者はただ一人で、ほかは獣のような姿だ。翁も人間界での仮の姿で、本来は40歳くらいの壮健な山人だった。山人とは仙人のことで、もとは人間だったが修行により天狗に昇華した者をいうらしい。

・寅吉はそれから修練を重ね、現界と往還しながら8年の間、仙境の異界に遊んだ。その間、師である杉山僧正とともに、神仙界はもとより世界中、月世界までも遊覧したという。普通に聞けば荒唐無稽というほかない。が、篤胤はこれを信じた。ときに寅吉は神仙界へ戻ることがあったが、このとき篤胤は、竈情僧正にあてた書簡を寅吉にことづけてさえいる。

<寅吉の消息、ふっつり途切れる>

・問うて云わく――『仙境異聞』はほぼ全編、篤胤らの問いに対する寅吉の回答を採録したものだ。

 ときに寅吉は篤胤所持の石笛を見て、神仙界でも見たことのないりっぱな霊物だと判じたりしているが、多くは、神仙界のありよう、山人の服装や料理、遊興などの日常生活、神祀りの方法や祭儀などについて語っている。山人であっても尊い神の姿をはっきりと見ることができない等々。神霊や妖魔の実相を漏らしているところも興味深い。

・住人がごく限られた人数の霊的な求道者たちであることや、細部の若干の差異をのぞけば、神仙界はどこにでもある山間の村落のような趣である。だが、ひとつ大きな違いがある。この異界には女性がいないのだ。詳細を伝えることはできないが、寅吉によればそれには深淵な意味が隠されているという。

・だが、寅吉に関する膨大な記述は、文政11年8月9日の「気吹舎日記」を最後にふっつりと途切れる。この消息を追ったのが近代の心霊研究家・浅野和三郎で、さらに門下の河目妻蔵によって追跡調査がなされ、大正14年の「心霊と人生」誌になんと寅吉の晩年の姿が報告されたのだ。それによると――。

<秘薬の処方を遺し仙去す―――>

・寅吉はその後、千葉県笹河村の諏訪神社で神職となり、俗名石井嘉津間として天狗直伝の病気治しを行っていたという。これが大評判で、遠方からの訪問者がひきもきらなかったらしい。そして53歳のとき、奉公の女中しほとの間に男児が誕生。河目は、その実子・嘉津平(当時70歳)と孫の二世嘉津間(当時46歳)に取材したのである。

・晩年、寅吉は「僧正からの急のお召だ」と言い、惜別の宴を催した。そして日光山を伏し拝みつつ、安政6年(1859)12月12日、眠るように仙去したという。その際、神授秘伝の薬の処方箋とともに薬湯をはじめよとの遺言があり、子孫は銚子で二神湯(通称天狗湯)をはじめた。皮膚病や火傷、冷え性に薬効があり、湯は大いに流行って昭和30年ころまで存続していたとのことである。

『失われたメシアの神殿『ピラミッド』の謎』

飛鳥昭雄、三神たける   学研

<秘密組織フリーメーソン>

・預言者の組織を「フリーメーソン」という。今日、世に知られる秘密結社としてのフリーメーソンは近代フリーメーソンである。1717年にイギリスで結成されたグランドロッジから派生した組織である。

・預言者の秘密組織としてのフリーメーソンが、実はこの地球上に存在する。主に密儀宗教の祭司の組織という形で継承されており、それをたどっていくと必ずノアに行きつく。もちろん、ノアの先もあり、エノクを経て最後はアダムに遡る。人類最古のフリーメーソンとは、「アダムメーソン」である。エノクもまたアダムメーソンだ。

・すなわち、ノアの3人の息子が独自のフリーメーソンを形成したのである。

<地底王国シャンバラ><チベット密教とカッバーラ>

・シャンバラは、チベット密教において語られる世界である。一般の仏教では語られることのない思想である。仏教には表と裏がある。表が顕教であり、裏が密教である。

最終経典にシャンバラが説かれているように、シャンバラの存在を最初に説いたのは仏教の開祖、釈迦なのだ。釈迦は自ら、北の果てにシャンバラへの入口があると説いた。なぜ釈迦はシャンバラの存在を知っていたのか。

<釈迦はセムメーソンだった!>

・釈迦がカッバーリストであり、預言者であったことは間違いない。神を信じ、神とまみえ、そして、神の言葉を授かったフリーメーソンだったはずである。

 注意してほしいのは、ヤフェトメーソンではなく、セムメーソンだという点にある。バラモン教はアーリア人の宗教であり、それを担ったのは、ヤフェトメーソンだが、釈迦はセムメーソンだった。

・モンゴロイドはアーリア系ではない。有色アジア系であり、ユダヤ人やアラブ人、そしてトルコ人と同じセム系なのである。したがって、釈迦がカッバーリストならば、民族的にセムメーソンだったと考えられるのだ。

 しかも、それだけではない。釈迦はシャンバラの住民と同じ血を引いていた可能性がある。鍵となるのは、釈迦族=サカ族を生み出したスキタイにある。

<釈迦は失われたイスラエル10支族だった>

<地球内天体アルザルとは、まさにシャンバラのことなのだ>

・では、シャンバラはどういう形で存在するのか、これを現行科学で理解するには少しむずかしい。まだ、一般に認められていない現象を前提とするからだ。その未知なる現象は、プラズマ・トンネルである。

・プラズマ・トンネルは地球内部に通じており、そこには巨大な亜空間が形成されているのである。まさに、この亜空間の中心に、実は地球よりもひと回り小さい天体が浮かんでいるのである。

・アメリカ軍は50年以上も前に、この地球内天体の存在に気がつき『旧約聖書』の外典にちなんで、コードネーム「アルザル」と名づけている。コードネームでわかるように、失われたイスラエル10支族が北極圏から入り込んだ世界こそ、この地球内天体アルザルなのである。

・日本人の中には古代イスラエルの血が流れている。そういっても、多くの人は、すぐに信じることができないであろう。

『失われた徐福のユダヤ人「物部氏」の謎』

三神たける 飛鳥昭雄  学研   2011/5/11

<インディアンは失われたイスラエル10支族だった>

・もし仮にユト・アステカ語のルーツが古代ヘブライ語にあるとすれば、当然ながら、インディアンやインディオたちのルーツがヘブライ人、すなわち、古代イスラエル人であった可能性が出てくる。よく誤解されるが、ユダヤ人を含めイスラエル人はもともと民族的に白人ではない。セム系の民族である。アラブ人を含め、アジアのモンゴロイドと同じ人種なのである。

・イスラエルの全大学の監督官であり、教育文化省の長官であったアビグドール・シャハンによると、南北アメリカ大陸に失われたイスラエル10支族がやってきていたことはほぼ間違いなく、アステカやマヤなどのピラミッド型神殿は、もともと古代イスラエルの神殿とまったく同じものであると主張する。

<縄文・弥生人はイスラエル人だった>

・南北アメリカ大陸のインディアンやインディオは古代イスラエル人の血を引く。だとすれば、だ。当然ながら、同じ環太平洋文化圏に属し、遺伝子的に同じ人種であるアイヌや琉球民族もまた、古代イスラエル人の末裔である。縄文人と弥生人はその文化からは想像もつかないが、実は契約の民だったのである。

 イスラエル人がいるとことには、必ず預言者がいる。霊能者や巫女、シャーマンと呼ばれる人々のなかには、絶対神ヤハウェの言葉を預かる者がいるのだ。縄文文化圏と弥生文化圏と、ふたつに分かれてはいるものの、そこには預言者がいたはずだ。

・縄文文化を今に受け継ぐアイヌの奥の院には、女性のシャーマンだけから成る秘密組織がある。同様に、弥生文化を継承する沖縄の琉球民族にはユタやノロ、そしてカミンチュがおり、かつて聞得大君という女性の祭祀王がいた。おそらく邪馬台国の卑弥呼もまたそうしたシャーマンであり、預言者だったに違いない。

<ユダヤ人徐福の渡来と籠神社>

・日本列島が縄文文化と弥生文化を育んでいた紀元前3世紀、中国大陸から渡来人がやって来る、なかでも大量の民を引き連れてやってきたのがほかでもない、ユダヤ人徐福である。徐福は、同じくユダヤ人の血を引く童男童女と技術者を率いて日本列島へと集団渡来してきた彼らはアケメネス朝ペルシアから東漸し、秦帝国へとやってきた亡命ユダヤ人たちの子孫である。

<卑弥呼はユダヤ人預言者だった>

・籠神社が所蔵する国宝「海部氏勘注系図」には天火明命の子、天香語山命を初代として、第8代目の丹波国造に日本得魂命なる人がおり、その娘の名が「日女命」と記されている。日女命はヒメ命、もしくはヒルメ命と読むことができるように、太陽神に仕える巫女を意味する。これは太陽神の巫女=日巫女、つまり卑弥呼のことなのである。

<イエス・キリストの降臨>

・皇室はもちろん、漢波羅秘密組織の八咫烏たちが秘かに伝える驚愕の事実。それは、イエス・キリストの出現である。実に驚くことだが、復活して天に昇っていったはずのイエス・キリストが4世紀の日本に降臨したのである。

<ふたつの鴨族>

 ユダヤ人原始キリスト教徒である秦氏はイスラエル12支族のなかでも主にユダ族とベニヤミン族から構成されているが、なかには祭司レビ人もいる。彼らレビ系秦氏の中核が賀茂氏である。神道祭祀を一手に握る賀茂氏は「鴨族」とも呼ばれ、全国の神社を支配している。なかでも、京都の下鴨神社と上賀茂神社の鴨族は事実上、神道の元締めといっても過言ではない。

<大酒神社の祭神ダビデと物部氏>

・物部神道がユダヤ教であるならば、先の「アブラハム、イサク、ヤコブの神」という表現を踏襲できるだろう。あえていうならば、「ダビデ、物部守屋の神」だ。この場合、物部守屋を崇拝する物部氏たちにはダビデの子孫が含まれていたことを示唆する。徐福に率いられて物部氏になった東ユダヤ人は、南朝ユダ王国の民であった。これはユダヤ人原始キリスト教徒であった秦氏も、まったく状況は同じである。

<秦氏を名のった物部氏>

・物部氏=海部氏は物部神道=ユダヤ教から秦神道=原始キリスト教に改宗することによって、ユダヤ人原始キリスト教徒=秦氏となった。もともと血統的にも同じ民族であった物部氏=海部氏と秦氏は、この時点で本質的な区別はなくなってしまった。

実は、これこそ徐福伝説につきまとう秦氏の影の正体なのだ。

<お内裏様=スサノオ命はヤハウェ>

・雛祭りにおけるお内裏様はスサノオ命を意味している。スサノオ命は出雲神であり、物部氏の神である。古代出雲王朝は投馬国の領地であり、それを支配した海部氏は物部氏と同族であると同時に、隣の石見には宇摩志麻治命を祀る物部神社もある。

籠(この)神社の極秘伝「多次元同時存在の法則」を持ちだすまでもなく、唯一神を祀る物部神道からすればスサノオ命は絶対神である。元初の神だ。物部氏=ユダヤ人ユダヤ教という観点からすればスサノオ命は絶対神ヤハウェにほかならない。

・スサノオ命は「素戔嗚尊」と表現されるように、荒ぶる神であるといっていいだろう。一方、『旧約聖書』における絶対神ヤハウェは、まさに荒ぶる神である。天変地異を引き起こす嵐の神だ。絶対神ヤハウェが龍神リヴァアサン(レビアタン)を退治するエピソードがあるが、これはスサノオ命のヤマタノオロチ退治そのものであるといっていいいだろう。

・また、スサノオ命は出雲神の代表格である。出雲とは雲が出ると書くが、雲を出すとも読める。実際、スサノオ命が詠んだ日本最古の和歌「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を」に端的に示されるように、八雲や出雲など、雲そのものがスサノオ命の代名詞ともなっている。

・対する絶対神ヤハウェはイスラエル人の前に姿を現すときは、必ず、雲を伴った。大預言者モーセの前に現れたときも燃える紫、シナイ山のイスラエル人を導くときは雲の柱となり、さらに契約の聖櫃アークを収めた幕屋でも、顕現するときは必ず雲が部屋を覆い尽くした。いわば絶対神ヤハウェは雲を出す出雲神と表現できるのだ。

 ユダヤ人ユダヤ教徒であった物部氏は自らが奉じる絶対ヤハウェを『旧約聖書』に記された故事にならって出雲神、なかでも荒ぶる神として位置づけられたスサノオ命と呼んだのである。

<お雛様=天照大神はイエス・キリスト>

・一方、お雛様の天照大神はイエス・キリストを意味している。天照大神は太陽神であり、天孫族の神、すなわち天津神だ。国津神に対する天津神を祀るのは神武天皇=応神天皇、つまり秦氏である。ユダヤ人原始キリスト教徒であった秦氏が祀る天照大神は、いうまでもなくイエス・キリストにほかならない。

・天照大神がイエス・キリストであることは記紀神話の中にしっかりと記されている。天照大神を天照大神たらしめている「天岩戸開き神話」が、それだ。天照大神は弟であるスサノオ命の乱暴狼藉によって体を傷つけられたことがきっかけで天岩屋に籠もる。このとき『古事記』では天服織女、『日本書紀』では稚日女尊が死亡している。いずれも天照大神の分身とされることから、神話的に死んだのは天照大神自身であると解釈できる。事実「隠れる」という表現は天皇陛下をはじめ高貴な人が亡くなったときに使う表現である。

 かくて死んだ天照大神は天岩屋に籠ったのではなく、実際は横穴式墳墓に葬られたことになる。入り口には大きな岩が扉として置かれたという。

・さて、天照大神が天岩屋に籠もったことで天地が暗くなり、困りはてた神々は天岩戸の前に大きな榊を立て、そこに八咫鏡をかけた。天鈿女命は裸踊りをし、そばで常世の長鳴鶏が夜明けを告げる。

 あまりの騒々しさに、天岩屋に籠もっていた天照大神が不振に思って天岩戸を少しだけ開けたところへ、天鈿女命が八咫鏡を差しだし、そこに映った姿を指して別の尊い神がいると述べた。これに天照大神が驚いた隙に天手力雄神が天岩戸をこじ開けて引きずりだし、天児屋根命が注連縄を張って二度と入れないようにした。こうして再び世界に光が戻ったというのが天岩戸開き神話のストーリーだ。

・これはカッバーラの手法で描かれたイエス・キリストの十字架刑と死、そして復活のことなのだ。八咫鏡に映った段階で、天照大神は鏡像反転して男神となり、それが榊にかけられていた。榊とは神の木であり、「生命の樹」のこと。原始キリスト教における最大の「生命の樹」は十字架にほかならない。十字架は木製であり、そこに磔になったイエス・キリストを表現したのが八咫鏡なのだ。天孫ニニギ命に託宣したように、八咫鏡は天照大神の分身であり、榊にかかった状態は、まさに十字架刑を象徴していたのだ。

・さらに裸踊りをし、八咫鏡を差しだした天鈿女命は、娼婦とも呼ばれ、最初に復活したイエス・キリストに会ったマグダラのマリア。常世の長鳴鶏とは使徒ペトロがイエスを知らないと嘘を口にしたときに鳴いた鶏のこと。そして、天岩戸開きに関わった天手力雄神と天児屋根命は、イエス・キリストが復活したときに現れたふたりの天使を意味しているのである。

・カッバーラにおいて、イエス・キリストは御子なる神であると同時に絶対神ヤハウェである。ヤハウェが受肉した姿がイエス・キリストなのだ。霊のみで肉体を持たない陰なる存在としての御子がヤハウェであり、肉体を持った陽なる存在としての御子がイエス・キリストなのである。

・雛祭りでは、お内裏様とお雛様の祝言が行われ、ふたりは結婚してひとつになる。男神と女神が結ばれてひとつになるとは、神話的に同一神であることを象徴する。スサノオ命と天照大神、すなわち、ヤハウェとイエス・キリストが同一神であることを示しているのである。

・「お雛様=天照大神はイエス・キリスト」という荒唐無稽な奇説もあります。が、イエス・キリストはアプ星人で非常に多くの転生をしているそうです。アプ星人は南米にも現れており、国際連合の設立に協力したそうです。


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by karasusan | 2016-02-23 19:43 | その他 | Comments(0)