男を背負うと屏風のような断崖をやすやすと登って医者の門口まで運び、すーっと姿を消した。(2)

『秘密結社』

綾部恒雄  講談社    2010/10/13

<異人と祭祀的秘密結社>

・メラネシア又はポリネシアの社会生活の概念となるものはいわゆる秘密結社である。

・そのようなメラネシアやポリネシアの秘密結社の考察は、その様相、変型、フォークロア化の点で、日本文化史に与える暗示はきわめて深いと述べている。

1. 異人が幾度にか、季節を定めて訪来したこと。

2. 異人は先住民より亡魂、又は死者そのものと考えられたこと。

3. 異人は海の彼方から、来るものと信じられたこと。後には、山中の叢林より来るとも信じられるに至ったこと。

4. 異人は畏敬されつつも平和的に歓待されたこと。

5. 異人は食物の饗応、殊に初成物を受けたこと。

6. 異人は海岸地に住まずして山中の叢林に住みしこと。

7. 異人はdual  organization の構成の原因となりしこと。

8. 異人が土民の女と結婚する必要ありしこと。

9. 異人とその女との間に出来た子供が特殊な社会的宗教的性質を有せしこと。

10. 異人は入社式、男子集会所の起源をなしたこと。

11. 異人はその異人たることを表徴する杖、及び「音」を有せしこと。

12. 仮面が男女二つあること。女異人が山中に住むということ。

13. 異人が訓戒、悪事摘発をなし、豊作をもたらし、又はもたらさしめんことを任務としたこと。

14. 異人が季節殊に収穫季、冬至に関係したこと。 

15. 異人は季節が来ると、その出現を期待されたこと。

16. 異人若しくは神は常に村にとどまらないと信じられたこと。

17. 異人の出現の際は女子、子供は閉居したこと。

18. 異人のタブーが財産の起源となったこと。

19. 異人がフォークロア化して遊行歌舞伎団となったこと。

20. 遊行人は異装し、杖と音とを有し、饗応を強制し、或は掠奪を敢えてし得ること。

21. 遊行人が神話、神の系譜を語り、或は之を演技で表現すること。多く季節と関係して。

22. 遊行歌謡団から伊達者(manwoman)が発生したこと。

23. 彼等は民間信仰に於いては、侮蔑されつつも亦高き階級に属すとされたこと。

・すでに触れたように、岡の考察はメラネシアの社会史を範例として行われたのであるが、これらの異人にまつわる表象、状況、発展について暗示された諸項目は、アフリカの祭祀的秘密結社の成立の事情を辿ることによっても、確認することができるのである。

                                                                                     

『天孫降臨 / 日本古代史の闇』 

コンノケンイチ (徳間書店)  2006/12/8

シリウス星系(龍)対オリオン星系(牡牛)

世界各地の神話や伝説を調べると、BC4000~3000年ごろ「牛神」と「龍神」という2種の異星人が地球に来ていたようで、流れは大きく二つに分かれていた。

 牛神が活動した本拠地は、現在の西インドとギリシア地方で、それがインド各地の「聖牛伝説」や「ギリシア神話」として今に伝えられている。

・メソポタミアの神話にも「天の神」と呼ばれた「牡牛の神々」が登場し、その起源もシュメール文明に始まっている。バビロンの主神マルドゥクも、また旧約聖書にも記されるカナンの神であるバールの父エルも牡牛の神である。この流れは、ギリシアやエジプトにも飛び、ゼウスも牡牛の神である。白い牡牛の姿で美女エウロベに近づいた。豊穣の神ディオニュソスも、エジプトのミンも牡牛である。豊穣の神だけではない。メソポタミアの大地母神イシスも牡牛の姿で現れ、ギリシアの大地母神ヘラも牡牛の目を持つ神で、このようにシュメールからの流れの主神全てが牡牛だった。

・原始密教(雑密)の発祥地インドでも、インダス文明の時代から現代まで牛は長く崇拝されてきた。モヘンジョダロの遺跡からBC2000年以上と思われる聖牛の印象や図象・彫像が発掘され、当時すでに牡牛への信仰が存在していたことが判明している。

・彼らは、「驚嘆すべき牡牛なす双神」と表現され、発進母星は65光年先の牡牛座(地球から観測する最も明るく輝く恒星アルデバラン)にあると述べられている。牡牛座の近くにはプレアデス星団(スバル座)もありオリオン星系に属する。

・一方の龍神はどうだろう。発進母星は地球から約8.7光年離れたシリウス星系でとくに地域を限定せず、全地球規模で活動していたからである。私達の銀河は直径が10万光年あり、その意味では龍神の発進母星シリウス、牛神のオリオンはお隣の星、隣接する恒星といってよい。

・前記したインド最古の文献『リグ・ヴェーダ』には天上(宇宙)での両者の凄まじい戦闘が微にいり細をうがって描かれている。そこではテクノロジーの差なのか、圧倒的に牛神が優勢だったようである。

『図解雑学 日本の妖怪』

小松和彦    ナツメ社   2009/7/17

<山奥に潜む異世界 隠れ里と神隠し>

・隠れ里、神隠しは、この世ではない「異界」にまつわる概念である。

<山奥や風穴の向こう側にある異界>

・隠れ里は、山奥や塚穴の奥深くなどにあるという理想郷であり、迷い家とも呼ばれる。隠れ里に迷い込んだ者は、美しい景色や美味しい食物を堪能できるが、一度そこを去ると二度と戻れない。しかし、隠れ里で得た椀を持ち帰ると、穀物が湧き出て尽きることがなく、豊かな生活を送れるという。

 風穴や竜宮淵といった場所を通して椀を借りる伝承(椀貸伝説)も、直接隠れ里には迷い込まないものの、風穴等の向こう側に異界の存在を想定していることは明らかである。

<隠れ里と神隠しの共通点>

・突然の失踪者があって理由もわからない場合、それはときに「神隠し」と呼ばれた。神隠しには、本人が戻ってくる場合と戻ってこない場合がある。本人が戻ってきた場合にも、失踪中のことを忘却していたり、一部しか覚えていなかったりすることがほとんどである。神隠しに遭う者の多くが子どもである点も、注目すべき点である。神隠しによる失踪期間中は山中の異界を彷徨っていたと考えられており、その原因として最も多く語られたのが、天狗による誘拐であった。心神喪失状態での発見や、場合によっては死体での発見もあることから、神隠しは人々に恐れられる現象であった。

隠れ里と神隠しには、異郷訪問譚という共通点がある。隠れ里における異界がプラスのイメージをもっているのに対し、神隠しにおける異界は、死に関わるマイナスのイメージを負っているといえよう。しかし一方で、神隠しを通しての異界への訪問は、子どもたちにとって多少のあこがれを伴うものであった。

山男・山姥(やまんば) 「山人」と柳田國男

・山男や山姥を「山人」と称した柳田國男。その実在を強調する論を手放したとき、その関心は「山そのもの」へと向かっていった。

<山男・山姥とは?>

・「山人」と書いてまず思いだされるのは柳田國男の『遠野物語』である。遠野出身の佐々木喜善という青年の話をもとにして、1910(明治43)年に成ったこの著作は、「国内の山村にして遠野より更に物深き所には又無数の山神山人の伝説あるべし。願はくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ」という印象的な序文から始まる。事実、『遠野物語』には「山人」と「平地人」とが交流する話が数多く収められている。

・柳田にとって「山」とは中世、さらには古代の習俗がいまだに息づく空間であった。そして彼は「山人」と「平地人」に「山民」を加え、平地人は日本人の祖先とされる渡来人で、平地に定住し稲作を生業とする人々、山人は渡来人に敗れ山へ逐われた先住異民族の子孫であり、山中を漂泊している者、山民は山人を逐って山に入ったのち定住し、狩猟や焼畑を生業として生活する子孫であるとする。

・さらに、柳田は明治後期から大正期の山に関する論考の中で、山男・山女・山童・山姫・山丈・山姥の総称として「山人」の語を用いているが、自らの生きる現在にも山人は実在しているという考えのもとで論を展開している。しかし、この実在証明への熱気は、積極的に資料を提供してくれていた南方熊楠からの批判によって収束していく。南方は山への信仰や伝承に関心をもってはいたが、山人の実在は信じていなかった。

<山姥の正体とは?>

・数々の昔話に登場する山姥。その正体は人を食べる鬼女なのか、それとも豊穣の山神なのか。

<山に住む女性、山姥の正体>

山姥は山母、山姫、山女郎などと呼ばれる山に住む女性である。私たちが想像する姿は、大きな口に目を爛々と輝かせ、長い髪を振り乱した老婆ではないだろうか。実際に各地で伝承された目撃談として語られたりする姿は老婆であったり美しい女性であったりする。

 昔話には山姥が登場するものが多いが、そこでは、自分のところに迷い込んできた者をとって食べようとする鬼女の姿をみせる反面、自分を手助けした者には財産を与えるといった、豊穣をもたらす山の神の姿もみせている。

山姥について柳田國男は、山の神への信仰と自ら山に入った女性たちが実際にいたことにその実在性を見出した。折口信夫は、自身の「まれびと」論につなげて、決まった時季に神の祝福をもって里を訪れる山の神の巫女の姿を見出した。そして、それらを受けて従来の民俗学では、山の神が零落して妖怪化したものが山姥であるとみなしてきた。しかし、たとえば新潟県糸魚川市上路では、山姥は都から旅をしてきた高貴な女性で自分たちの祖先に幸いをもたらした実在の人物であるとして、親しみを込めて「山姥さん」と呼び祀っているなど、山姥には多様な伝承があり、その伝承を伝える人々にもさまざまな認識や意味づけがある。

<山姥と金太郎>

金太郎の母親としての山姥。山中で生活する山姥だが、まったくの独り身だったわけではない。山姥の息子として有名なのが金太郎、つまり坂田金時である。

 中世後期から山姥は文芸作品に登場するが、たとえば世阿弥作の謡曲『山姥』では、越中越後境の山中で旅人を待ち受ける嫗として描かれている。そしてその後、近世初期に「金時は山姥の子である」という文言が登場し、『前太平記』には嫗姿の山姥が、自分が夢中で赤竜と通じて生まれたのが金太郎であると説明する件が入る。そもそも坂田金時は源頼光の四天王の一人として大江山の鬼・酒呑童子を退治するなど、武勇で名を馳せた伝説の人物である。英雄と異常出生と特殊な生い立ちを語る際に、母に選ばれたのが山姥だったのである。

『柳田国男の忘れもの』

柳田国男を確立された像として読むのではなく、彼の作品と対峙する方法で、帰納的とされる柳田の学問的方法が直感的でもあり、いかに未完成で新しい挑戦をめざしたものであったのかを立証する。

 松本三喜夫  青弓社   2008/3

<山人に思いをめぐらす>

もう一つの民族「山人」

・日本の国民の成り立ちやそこに暮らす人々の生活を考えるとき、「アイヌ」という存在を等閑に付すことによって「一国民俗学」を追及することは可能と思われた。しかし、いわゆる「日本人」と居住の地や空間を同じくしているもう一つの民族が日本には存在していると柳田国男は考えた。それが彼のいう「山人」である。

・つまり柳田は課題を共有化するために疑問を提出したが、その疑問についてだれからの解答もなく依然として疑問のままだというのである。

・結論を先にのべるようになるが、ただ柳田は山人の存在を証明できなかったところに、山人論の致命的限界があったといえるし、それゆえに柳田の山人論は文学的であると評されるゆえんでもある。

・山人について、もっとも要領よく彼の考え方をまとめているのは『妖怪談義』に収められている「天狗の話」であり、講演の記録である「山人考」である。「天狗の話」では、いまなおこの明治の末期の時期に「我々日本人と全然縁のない一種の人類が住んでいる」、これは「空想ではない」こと、そして「平地と山地とは今日なお相併行して入り交わらざる二つの生活をしている」としている。

・人びとは山中の幽界を畏怖するあまりに、理解が容易でない現象を天狗の仕業の話として帰してしまうこと、山人は本州、四国、九州の山中に分布していること、教科書には日本の先住民族が次第に追い払われて北へ退いたかのごとく記しているがそれは正しくないこと、そして山人の特徴などに柳田はふれていく。柳田は現状として「きわめて少数ながら到る処の山中に山男はいる」とする。彼の実感としては「いわんや人の近づかぬ山中は広いのである」といい、山中にはいまなお人びとの理解を超えるものがおり、それが山人という存在であると考えた。

『山の人生』そのものの内容は、神隠しの話や狐、天狗などいわゆる不可思議な話の見聞談や資料によって構成されている。

・『遠野物語』は直接的に山人論を展開しているものではないが、内容的には、深い山で山男や山女に出会う、若い女が行方知らずになる、その女が何年かのちにときとして姿を見せるという話のほか、オクナイサマやオシラサマ、座敷ワラシの話、山にすむ狼や猿の話、淵の主や河童の話など、119話から成り立っている。またその拾遺には、類似の229話が収録されている。

 この作品はまことに不思議な作品で、読み進んでいくと次第に自らが異次元のなかへと引きずりこまれていくような感覚さえ覚えさせられる。

しかしながら柳田自身ものべているように、そこに記載されているのは架空のことでもつくり話でもなく、遠い過去のことでもない、まさに「目前の出来事」であり「現在の事実」であった。そこにこの作品の意味もまたあった。

・柳田は人びとが忘れ去ろうとしていた時代をひとつの記録として残したのだった。物語のなかには、山男や山女などの話が豊富に散りばめられ、柳田は明らかに平地人とは異なる人びとの存在を意識していたことを十分にうかがわせる。

・このように、柳田はさまざまなところで山の神秘や不可思議を意識している。ときにはそれを山の神といい、また山男などとものべながら説明しているが、そこには明らかに平地人とは異なる人びとの存在、つまり山人がいるからこそ平地人にとって不可思議が発生するのだと考えるようになっていく、柳田としては、明らかに山人の存在に信念を抱いていくようになる。

・それでは、柳田の考える「山人」とは一体どのような存在だったのだろうか。以下、柳田の山人像を見てみるが、そのとらえ方は、時代により、住んでいる場所により、また姿・形によるなどまちまちである。

 柳田の山人像は、大別するとおおむね次の六つのとらえ方があるだろう。①山人とは「国津神」の末裔である、②先住民族と農耕民族との比較から、先住民族である、③あとから入ってきた平地人に駆逐された存在である、④農耕民など定住民に対する漂白民である、⑤人びとの目の前に現れる姿としての山男、山女、山童、山姥、山姫、山丈などである、⑥動物、とりわけ狒々(ひひ)を見誤ったものとして理解され区分できよう。

 まず「国津神」についてだが、柳田は「山人考」のなかで、日本が単一の民族から成り立っているのではなく、数多の種族の混成であるという考え方を前提としている。

・柳田によれば、前九年後三年の役のころまでに東征西伐、つまり天津神による日本の同化事業が終わることになるという。そのなかで柳田は被征服民として、土蜘蛛や大和の国樔(くず)、そして陸奥の夷民などにふれていく。土蜘蛛がどのように天津神によって同化されていったかについては、坂東眞砂子の小説『鬼に喰われた女ー今昔千年物語』(集英社)の第十篇に滅ぼされた者の怨念という視点から興味深く書かれている。

『国際化時代と『遠野物語』』

石井正己     三弥井書店     2014/9

「『遠野物語』における人間と妖怪のエコロジー   金容儀」

<人間と妖怪のエコロジー>

・私は20092月に柳田国男の『遠野物語』を韓国語で翻訳して紹介した。

・『遠野物語』で語られる人間と自然の共生において、特に私が興味を持ったのは、人間と妖怪の共生である。『遠野物語』には多様な妖怪が登場している。私の調査によると、『遠野物語』に収録されている119話の話の中で、妖怪が登場する話は合わせて73話にのぼる。『遠野物語』は、「妖怪物語」と言っても過言ではないだろう。

<『遠野物語』における妖怪伝承の類型>

山の怪には、山人、山男、山女、山神、山姥などが登場する。動物の怪には狐、鹿、猿などがある。家の怪にはオクナイサマ、オシラサマ、ザシキワラシ、カクラサマなどがある。水の怪の典型的なものが河童(川童)である。雪の怪としては雪女があげられる。

<山に棲む妖怪>

・「山の怪」の中でも、特に山男や山女が頻繁に登場している。山男と山女は、それぞれ一人で現れる場合もあり、山男と山女がいっしょに登場する事例を取り上げてみたい。

(事例1;第3話)

・山々の奥には山人住めり。栃内村和野の佐々木嘉兵衛という人は今も七十余にて生存せり。この翁若かりしころ猟をして山奥に入りしに、遥かなる岩の上に美しき女一人ありて、長き黒髪を梳りていたり。顔の色きわめて白し。不敵の男なれば直に銃を差し向けて打ち放せし弾に応じて倒れたり。そこに駆けつけて見れば、身のたけ高き女にて、解きたる黒髪はまたそのたけよりも長かりき。のちの験にせばやと思いてその髪をいささか切り取り、これを綰ねて懐に入れ、やがて家路に向いしに、道の程にて耐えがたく睡眠を催しければ、しばらく物蔭に立寄りてまどろみたり。その間夢と現との境のようなる時に、これも丈の高き男一人近よりて懐中に手を差し入れ、かの綰ねたる黒髪を取り返し立ち去ると見ればたちまち睡は覚めたり、山男なるべしといえり。

・(事例1)には、山男の姿形について具体的に語られていないが、『遠野物語』の他の事例と合わせて考察すると、山男は背が高くて目がきらきらしているのがふつうである。

・即ち『遠野物語』の第7話、第28話、第29話。第30話、第92話に登場する山男は、例外なく背が高くて目が鋭いという特徴を持っている。そして山女の姿形は、長い黒髪に顔の色が極めて白いという特徴を持っている。

・また『遠野物語』には、山男に近い存在として山の神が語られている。『遠野物語』の第89話、第91話、第102話、第107話、第108話などに山の神が登場するが、ここに登場する山の神の姿形は背が高くて顔が赤く、目が鋭いという定型化されたイメージで語られている。即ち山の神のイメージは山男のイメージと重なっていることがわかる。これは遠野の人々の間で、山男と山の神が同類の存在として認識されていたことを意味する。

<この世とあの世を往来する亡霊>

・妖怪の類型から言うと、亡霊は山の怪に次いで第二位を占めている。それらの中でも、第22話、第23話、第54話、第77話、第78話、第79話、第81話、第82話、第86話、第87話、第88話、第99話などは、現実世界(この世)に現れた亡霊をその親戚にあたる人や知り合いの人が目撃したという筋になっている。つまり目撃者(あるいは話者)が出会った亡霊の話がかなり具体的に述べられている。

 これも一種の人間と妖怪の「共生」と受け止めることができるであろう。即ち少なくとも『遠野物語』の世界では、この世とあの世は完全に断絶されておらず、何かのきっかけがあれば、亡霊(死霊)がこの世に現れ、人間との共生をはかっていたと言える。

・逆に人間のほうがあの世に出向いた後、この世に戻ってくる場合もある。例えば『遠野物語』の第97話はいわゆる臨死体験に関する話である。死んだと思われた菊池松之丞という人があの世を体験してから、この世に戻ってくる。

・(事例2:第54話)は、川井という村の長者の奉公人が山に木を伐りに行って、水中に斧を取り落したことがきっかけになって、水中という異郷を訪問し、23年前になくなった主人の娘に出会った話である。

・長者の奉公人が水中を訪問したことによって、「その方身上良くなり、奉公をせずともすむように」なったところは興味深い。なぜならば説話の世界では、主人公が異郷を訪問したことによって、異郷のもの(援助者)の助けによって金持ちになるというモチーフが多いからである。つまり人々の間で、異郷とは現世に富をもたらす世界として認識されていたのである。

<人間の家に棲む妖怪>

・『遠野物語』には、家の怪として、オクナイサマ、オシラサマ、ザシキワラシなどが伝えられる。これらの妖怪はどれも家の興亡を左右する家の神としての属性をも持っている。

<河童のエコロジー>

・河童は日本の水の怪の代表的な存在である。河童を素材にしたキャラクター商品が出回り、漫画やアニメーションなどにも頻繁に取り上げられていることを考えると、日本人の間にかなり親しまれている妖怪であることがわかる。

・一般に河童の属性としては、駒をひく、肝を抜く、相撲を好む、富を授ける、キュウリを好むなどが取り上げられるが、それら河童の属性は、人間と河童の間に行われてきた交渉ないしは共生を意味すると言える。つまり人間側から見て、河童とは駒をひく厄介な存在、子どもの胆を抜く恐ろしい存在であるが、交渉がうまくいった時には、富を授けてくれるありがたき存在でもあったのである。

<事例7:第55話>

・川には川童多く住めり。猿ヶ石川ことに多し。松崎村の川端の家にて、二代まで続けて川童の子を孕みたる者あり。生まれし子は斬り刻みて一升樽に入れ、土中に埋めたり。その形くわめて醜怪なるものなりき、女の婿の里は新張村の何某とて、これも川端の家なり。その主人人にその始終を語れり。かの家の者一同ある日畠に行きて夕方に帰らんとするに、女川の汀に踞りてにこにこと笑いてあり。次の日は昼の休みにまたこの事あり。かくすること日を重ねたりしに、次第にその女のところへ村の何某という者夜々通うという噂立ちたり。始めには婿が浜の方へ駄賃附に行きたる留守をのみ窺いたりしが、のちには婿と寝たる夜さえくるようになれり。川童なるべしという評判だんだん高くなりたれば、一族の者集まりてこれを守れどもなんの甲斐もなく、婿の母も行きて娘の側に寝たりしに、深夜のその娘の笑う声を聞きて、さては来てありと知りながら、身動きもかなわず、人々いかにともすべきようなかりき。その産はきわめて難産なりしが、或の者のいうには、馬槽に水をたたえその中にて産まば安く産まるべしとのことにて、これを試みたれば果たしてその通りなりき。その子は手に水搔あり。この娘の母もまたかつて川童の子を産みししことありという。二代や三代の因縁にはあらずという者もあり。この家も如法の豪家にて何の某という士族なり。村会議員をしたることもあり。

・(事例7)は、人間と妖怪の間に行われた様々な交渉の中でも、婚姻を媒介とした交渉を物語っている。いわゆる「異類婚姻譚」に属する話で、松崎村に住む川端家の女が河童の子をみごもった話である。類話でも、ほとんど河童のほうが男性、人間のほうが女性として語られているが、(事例7)でも、河童のほうが男性、人間のほうが女性になっている。

<『遠野物語』における妖怪伝承の特徴>

・以上『遠野物語』の妖怪伝承について概観した。『遠野物語』に伝わる妖怪の特徴として、おおよそ以下の三つをあげることができるであろう。

 第一に、妖怪が現れる場所として、山の中が圧倒的に多いことである。

・遠野の人々の間でも、山は妖怪などが棲んでいる非日常的な空間として認識されていた。多くの場合、妖怪に出会った人たちは、山の中に仕事場を持っていた人たちである。即ち岩焼きや狩りを生業としていた人たちによって、妖怪に出会った体験が語られている。

・第二に、話に登場する妖怪の姿形がかなり具体的に述べられていることである。これは『遠野物語』に限らず、日本の妖怪伝承の一つの特徴であると言えるであろう。例えば山男は、背が高くて目が鋭いという定型化されたイメージで語られる。また山女のイメージは、長い黒髪に顔の色が極めて白いという特徴を持っている。他の妖怪の場合も、ほとんど決まったイメージで語られている。

・第三に、人間と妖怪の共生である。もともと妖怪とは非常に恐ろしい存在であるが、前近代の共同体に欠かせないダイナミックな共同体を作ってきたといえる。

<●●インターネット情報から●●>

「青空文庫」『遠野物語』

「五四」 閉伊川(へいがわ)の流ながれには淵(ふち)多く恐ろしき伝説少なからず。小国川との落合に近きところに、川井(かわい)という村あり。その村の長者の奉公人、ある淵の上なる山にて樹を伐るとて、斧(おの)を水中に取(と)り落(おと)したり。主人の物なれば淵に入りてこれを探(さぐ)りしに、水の底に入るままに物音聞ゆ。これを求めて行くに岩の陰に家あり。奥の方に美しき娘機(はた)を織りていたり。そのハタシに彼の斧は立てかけてありたり。これを返したまわらんという時、振り返りたる女の顔を見れば、二三年前に身まかりたる我が主人の娘なり。斧は返すべければ我がこの所(ところ)にあることを人にいうな。その礼としてはその方身上(しんしょう)良(よ)くなり、奉公をせずともすむようにして遣(や)らんといいたり。そのためなるか否かは知らず、その後胴引(どうびき)などいう博奕(ばくち)に不思議に勝ち続(つづ)けて金溜(かねたま)り、ほどなく奉公をやめ家に引き込みて中(ちゅう)ぐらいの農民になりたれど、この男は疾とくに物忘れして、この娘のいいしことも心づかずしてありしに、或る日同じ淵の辺(ほとり)を過(す)ぎて町へ行くとて、ふと前の事を思い出し、伴ともなえる者に以前かかることありきと語りしかば、やがてその噂(うわさ)は近郷に伝わりぬ。その頃より男は家産再び傾(かたむ)き、また昔の主人に奉公して年を経たり。家の主人は何と思いしにや、その淵に何荷(なんが)ともなく熱湯を注そそぎ入れなどしたりしが、何の効もなかりしとのことなり。

○下閉伊郡川井村大字川井、川井はもちろん川合の義なるべし。

「九七」 飯豊(いいで)の菊池松之丞(まつのじょう)という人傷寒(しょうかん)を病み、たびたび息を引きつめし時、自分は田圃に出でて菩提寺(ぼだいじ)なるキセイ院へ急ぎ行かんとす。足に少し力を入れたるに、図らず空中に飛び上り、およそ人の頭ほどのところを次第に前下(まえさが)りに行き、また少し力を入るれば昇ること始めのごとし。何とも言われず快(こころ)よし。寺の門に近づくに人群集せり。何故(なにゆえ)ならんと訝(いぶか)りつつ門を入れば、紅(くれない)の芥子(けし)の花咲き満ち、見渡すかぎりも知らず。いよいよ心持よし。この花の間に亡(な)くなりし父立てり。お前もきたのかという。これに何か返事をしながらなお行くに、以前失いたる男の子おりて、トッチャお前もきたかという。お前はここにいたのかと言いつつ近よらんとすれば、今きてはいけないという。この時門の辺にて騒しくわが名を喚(よ)ぶ者ありて、うるさきこと限りなけれど、よんどころなければ心も重くいやいやながら引き返したりと思えば正気づきたり。親族の者寄り集(つど)い水など打ちそそぎて喚(よ)び生(い)かしたるなり。

『シベリア神話の旅』

齋藤君子     三弥井書店       2011/11

<異郷へ落ちた男>

・一人の男が馬に乗って、ある集落から別の集落へ行く途中、ふいに耳鳴りがし、目の前が暗くなった。自分の身体がどこかへ飛んでいき、なにか柔らかいものの上にすとんと落ちたような気がした。

 目がどうにか暗闇に慣れてきて、自分が寝ているところは干し草の山の上だとわかった。「どうしてこうなったのだろう。日蝕か?」と思った。あたりは真っ暗闇だった。男は待った。どっちへ行けばいいのか、わからなかったからだ。そのとき、ふいに歌声が聞こえてきた。そんな気がしたのだ。ふと見ると、白装束の娘が歩いてくる。白い服を着て、白いスカーフをかぶっている。娘は牛を連れてこの干し草の山のそばへくると、干し草用のフォークで干し草を突き刺しては荷車に積み込んだ。男は娘の手からフォークを取って手伝った。すると突然、娘は気分が悪くなり、うんうんうなりはじめた。男は娘に、「どうした」と尋ねたが、娘には聞こえないらしく、なにも答えない。

 男は干し草を積み込むと、娘を荷車に乗せて歩きだした。やがて小さな集落が見えた。牛がその荷車を一軒の家へ曳いていった。どうやらこれが娘の家らしい。白装束の人たちが出てきて、どうして娘の気分が悪くなったのかとワイワイ、ガヤガヤしゃべりだした。男が説明しようとしたが、だれにも聞こえなかった。(以後、省略)

<山の人>

ハカスでは「山の男」を夫に持った女性の話が多数記録されてる。「山の男」は美男子で歌がうまいという。山中に豊富にある金で女を魅惑し、さらっていくともいう。「山の男」は一見、ふつうの人間と変わりがないようだが、眉毛とまつ毛がなく、人間には理解できない言葉をしゃべる。「山の男に見染められた女」の話では、「山の男」は「背が高く、青い目をした、色白のいい男」だと語られている。この容貌はモンゴロイドであるハカス人からすれば、まさしく異人のものである。「山の男」は赤毛だともいわれている。

 

・冬になって川の水が凍結すると、彼らは山の内部に入り、扉を閉ざして籠る。その中で彼らは凍りついた状態でじっと春の到来を待つ。次のような話もある。「ある若者が山の娘と結婚した。春になって妻を迎えに山に入ると、妻が鼻からつららを垂らして座っていた、若者がつららをへし折ると、妻は死んでしまった」

・「山の人」の姿を見たければ、「かざした腕の下から(直訳は「腕の肘から下を少し曲げてその下から」)のぞけ」という。日本でも袖の下からのぞくと魔性のものが見えるといい、両者のしぐさが共通していておもしろい。

・「山の人」は人間を名前で呼ぶので山の中で知らない人に名前で呼ばれたら、けっして返事をするなと言われている。返事をすると魂を盗られるのだそうだ。

2001年に記録された話では、「ハカスがキリスト教の洗礼を受ける以前は、人間のそばにつねに『山の人』がいた」、「『山の人』と人間がいっしょに遊ぶことさえあったが、ハカスがキリスト教を受容すると、彼らは人間から離れていった」という。ハカスが山に入るときに十字架をはずすのは、「山の人」に対する心配りである。

 ハカスの「山の人」と同じような伝承はアルタイにもある。


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by karasusan | 2016-03-22 15:01 | その他 | Comments(0)