今、日本に一番必要なのは円高だ。自国の通貨の価値を高める。これが一国経済において最も重要なことだ。(1)

『円高・デフレが日本を救う』

   小嶓績   ディスカヴァー携書    2015/1/31

アベノミクスは失敗したのではない。最初から間違っていただけだ

円安・インフレを意図し、達成した。唯一の問題は、アベノミクスの達成により日本経済が悪くなったことである。

<人に価値を蓄積させるような政策に絞って、それを全力で行う>

・これは、賃金の上昇をもたらすことになる。賃金の継続的な上昇は、企業の利益を吐き出させることでは持続しない。日本経済のためにならない。単なる移転であるから、日本全体としては何の意味もないのだ。

 そうではなく、働き手が労働力としての価値を高めれば、企業にとっても価値が高くなるから、高い賃金を払ってでも雇いたくなる。そうなれば、企業の製品の価値も上がり、利益も増え、賃金も上がる。

 これこそが、真の好循環である。

これが、真の成長戦略であり、アベノミクスの代案だ。

個人的には、代案などと比べられるのは本当は不満だが、ここに対案として提示したい。

円高・デフレが日本を救う

・本章では、最後に、本書のタイトルでもあり、私が今、どうしても本書を世に問わなければならなかった理由である円高・デフレの必要性について、ここまでの議論と重複する点も多いが、改めてまとめて述べることにする。

今、日本に一番必要なのは、円高だ。

 自国の通貨の価値を高める。これが、一国経済において最も重要なことだ。通貨価値とは交易条件の基礎であり、交易条件が改善することは、一国経済の厚生水準を高める。つまり、豊かになる。

<通貨価値至上主義の時代>

・かつて19世紀までは、これは常識であった。

 古代において、国家権力を握る目的は通貨発行権を得るためであり、通貨発行益、いわゆるシニョレッジを獲得するためであった。

 歴史を経て、シニョレッジの安易な獲得が難しくなった近代は、通貨価値を高めることが重要となった。発行益を得ることができる通貨発行量が限られているのであれば、その単位当たりの利益を高める。すなわち、高い通貨価値を維持することが国家の利益を最大化するうえで最重要となったのである。

 しかし、いつの時代にせよ、通貨価値は最も重要なものであった。シニョレッジは、<通貨発行量×通貨価値>だから、あえて価値を下げる国家はなかった。価値が下がっていないように見せかけて、大量発行することに邁進したのであった。

<通貨価値、資産価値、成熟経済>

このように見てくると、通貨を安くすることが自国の利益になったことは、例外的な場合を除いては、歴史上なかったと言える。大恐慌時や一時的な大不況に陥ったときの緊急脱出策として選択肢になる場合があるだけであり、しかも、それは一時的で、長続きはしない。

 ましてや、21世紀の現在の成熟国において、ストックである資産価値についても、将来へ向けての投資についても、そして、フローの輸出に関しても、すべての軸において、通貨は強いほうが望ましい。

・現代における経済成熟国の最適戦略は、通貨高による資産価値増大およびそれを背景とする新興国など世界への投資である。それにより、さらに自国の資産を増大させ、さらなるシナジーなどを加え、資産価値を通貨価値の上昇以上に増大させることを目指す。

国富の3分の1を吹き飛ばした異次元緩和

・日本の国富(負債を除いた正味資産)は、2012年度末で3000兆円ある。これを1ドル80円で換算すると、37.5兆ドルだ。1ドル120円なら、25兆ドル。33%の減少だ。3分の1が失われたのである。そんな経済的損失は、これまでに経験したことがない。

たとえば、12.5兆ドルの損失とは数百年分の損失である。

円安で輸出が増えない理由

円安に戻して輸出で世界の市場を制覇するというのは、1960年代、あるいは1980年代前半の日本経済の勝ちパターンに戻りたいということだ。それは不可能であるというより、望ましくなく、圧倒的に不利な戦略である。

円安の企業利益≦他部門の損失

人口減少で日本経済が衰退する前に、金融政策により40%日本経済は小さくさせてしまったのだ。

 どうしたらいいのか?

「円高・デフレで日本を救う」のである。

<円高は日本を救う>

・手段としては、具体的にどうするか?

 まず、円安を止める。日本国内の資産価値が高まり、海外の投資家や企業に、不動産や知的所有権、企業、ノウハウ、人材を買収されるのを防ぐ。ストック、資産、知的財産の国外流出をまず抑える。

 次に、通貨価値を少しずつ回復していく。この過程で、海外の最貧国、あるいは低コスト労働の生産地と価格競争だけで生き残ろうとする企業、工場、ビジネスモデルは、現代の世界経済構造に適した企業、ビジネスモデルへの移行を迫られる。高い価値を持ったノウハウ、労働力、知的財産を安売りするのを止め、高い付加価値をもたらすものに生産特化していく。

 自国生産にこだわらず、日本でも海外でも生産する。海外労働力、海外工場をうまく使い、その生産から得られる利益の大半を知的財産による所得、あるいは投資所得、あるいは本社としての利益として獲得し、国内へ所得として還流させる。

 これは実際に、日本企業が現在行っていることである。リーマンショック以降、この流れは加速しており、実現しつつある。実は、現在の円安誘導政策で、この流れを政策によって止め、過去のモデルに企業を引きずり戻そうとしているのである。

 これを直ちに止める。

・といっても何も特別なことはしない。円安を修正するだけである。

 この方向が進むと、国内生産量、工場労働者数は減る。しかし、生産量や国内工場雇用者数をとにかく増やそうとすることは、世界最低コストの労働力と永遠に競うことを意味する。

<欧米は強い通貨を欲している>

・しかし、円安を非難しない最大の理由は、欧米はもはや通貨安競争の枠組みにはないということだ。

 欧米は強い通貨を欲している。自国経済を強くするためには、自国の利益のためには、通貨が強いほうが圧倒的に望ましい。もはや資産のほうが重要であり、政治的に労働組合などがうるさいが全体では圧倒的に強い通貨を望んでいるから、日本が勝手に通貨を弱くしてくれるのは大歓迎なのだ。

 通貨を強くし、世界の魅力ある有形、無形資産を手に入れ、国力を強くしていく。経済を強くしていくという考え方だ。他国の通貨が安くなるのは、投資しやすくなるので、絶好のチャンスなのだ。

・日本ももう一度、遅まきながら、この流れに加わる必要がある。円の価値を維持し、高める。これにより、世界の資産、財を安く手に入れる。

 円高を背景に、世界中の企業を賢く買収し、世界に生産拠点、開発拠点、さらには研究拠点のポートフォリオを確立し、それを有機的に統合する。

 すでに大企業ではこれを行なっているが、中堅企業を含めて、この大きなグローバルポートフォリオに参加する。

・企業は人なりである。国家も人なり、地域も人なりだ。だから、人を、個人を徹底的に育てる。政府がそれを支える。

 マクロ経済全体では、円高で経済の価値を高め、強くする。ミクロでは、プレーヤーである人を育てる。人が育ち、成長する結果、経済全体も成長する。

 これが日本という地域の「場」としての力を強める唯一の道である。

<デフレは不況でも不況の原因でもない>

・社会は、第一には生活者の集まりである。消費者としての個人を支えるためのヴィジョンがデフレ社会だ。我々は、「デフレ社会」を目指す。

 現在、巷で使われているデフレ、デフレ社会、という言葉は本来の意味から離れている。間違って使われている。

 デフレとは不況ではない。デフレとはインフレの逆であり、物価が上がらないということであり、それ以上でも以下でもない。景気が良く物価が上がらなければ、それは最高だ。あえて無理にインフレにする必要はまったくない。

・所得が下がったのはデフレが原因ではない。デフレは結果である。

所得が下がり、需要が出ないから、モノが高いままでは売れないので、企業は価格を下げた。効率性を上げて、価格を低下させても利益の出た企業が生き残った。バブルにまみれて、高いコスト構造を変革できなかった企業は衰退した。

さて、デフレ社会が望ましいのは、同じコストでより豊かな暮らしができるということに尽きる。所得が多少減っても、住宅コストが低ければ、経済的にもより豊かな生活が送れることになる。広い意味で生活コストを下げる。これが、生活者重視の政策であり、円高・デフレ政策の第二の柱だ。

 円高は、エネルギーコスト、必需品コスト、あるいはさらに広げて、衣料品やパソコンのコストを下げることになる。まさに交易条件の改善による所得効果だ。

円高・デフレ戦略の王道

・マクロ政策としては、円高を追究し、世界における研究・開発・生産ポートフォリオを効率よく確立する。場としての日本の価値を守るために、また発展させるために、日本の資産価値を上げる円高を進める。

<異次元の長さの「おわりに」>

・成長の時代は終わった。もはや経済成長を求める時代ではないのである。それは成熟経済だ。成熟とは何か。経済を最優先としない経済社会である。

・日本経済の昔の構造にとらわれ、昔のビジネスモデルに固執し、円安は日本にプラスという昔のイメージに支配され、日本経済が置かれている現実を直視しない。

<コントロールの誤謬。政策依存症候群。>

・人口が減少する。これはたいへんだ。じゃあ、移民を増やそう。子供を産ませよう――これは問題を裏返しているだけだ。問題の裏返しは解決にならない。

 人口が減少している原因は何なのか。人口が減少することはなぜ悪いのか。これを突き詰めて考えずに、人口減少という現象を嘆き、悲観し、右往左往しても、何も解決しない。ただ、対症療法を繰り返すだけでは、かえって問題を複雑化し、解決をさらに難しくするだけだ。

 年金問題が立ちいかなくなるから、若い世代を増やす。それは間違いだ。問題は、人口ではなく、年金制度にある。

<将来の経済状況の予想により左右されるような制度は、根本的に誤りだ。>

GDPの増加率が、人口が減ると低下する。マイナスになる。労働力が減ると生産力が落ち、GDPが減少する。だから、人口を増やさないといけない。これは最悪の間違いだ。

・それも、政策で無理に増やすのではない。国のために増やすのではなく、子供を育てたい両親が実現できない障害があれば取り除く。政策にできることは、それだけであり、それで十分だ。

・アベノミクスとは、問題の裏返しそのものだ。

 異次元の金融緩和とは、現象への対症療法に過ぎない。一時しのぎに過ぎず、より大きなシステムリスクを呼び込む政策だ。

 昔の日本経済に戻ることはできない。円安で輸出して不景気をしのぐ時代は終わった。価格競争で通貨を安くして輸出を増やす時代は終わったのだ。フローで稼ぐ時代は終わり、これまで蓄積したストックの有効活用により健全な発展を図る。成熟する。それがヴィジョンだ。

 蓄積したストックとは金融資産だけでない。これまでのノウハウ、ブランド、いやそんなものをはるかに超えた、日本社会に存在する知的財産だ。それが社会の力だ。

 そして、その力は、個々の人間の中にある人的資本だ。それを社会で有機的に活かす仕組みだ。

<金融政策がまったく意識されない状態。それが理想だ。>

・だから、現状で言えば、ゼロ金利は継続する。しかし、量的緩和は縮小する。市場をびっくりさせることはしない。国債の買い入れはできる限り少なくする。しかし、スムーズに少しずつ減らす。ゆっくりと慎重に出口に向かう。財政も金融も影武者でなくてはならない。

・政府の政策は、社会政策に絞る。経済成長ではない。人を育てる。健全な人間を社会が育てる。その環境を整備する。

・リフレ政策に見られるような一挙解決願望。願望を持つ側も悪い。それに応えられるようなふりをする有識者、エコノミスト、政治家も悪い。両側で、日本経済の成熟を妨げている。

・所得水準は、これから平均ではそれほど伸びない。世界の競争は激しく、日本だけが勝ち残ることを無邪気に期待するわけにはいかない。生産の多くは途上国、新興国にゆだねることになる。国内の働き手は、国内サービス産業を中心に雇用を得ることになる。

 同時に、ストックの有効活用が進む。政府は、ストックの活用を助けるのが仕事だ。

・すべての個人、すべての企業が自分で責任を持って、自分の選んだ道を行く。コストの低い、しかし、環境の充実した、ストックの豊かな社会であることが、それを支える。

 政府は、その補助をし、制度を、社会システムを、修正して、社会の持続を支える。デザイナーとして日々修正をしていく。

 もちろん、経済成長という名のGDPの拡大は目指さない。この社会の結果としてそうなればそれでいい。

 これが21世紀から22世紀のヴィジョンだ。

『「借金1000兆円」に騙されるな!』

暴落しない国債、不要な増税

高橋洋一   小学館   2012/4/2

<日銀法を改正すべき>

・中央銀行の独立性は、手段の独立性と、目標の独立性に分けられているが、1998年の日銀法改正で、日銀にはそのどちらもが与えられるという非常に強い権限をもってしまった。人事の面で言えば、一度選ばれた総裁、副総裁、理事は、任期を全うするまで政治の側から罷免することさえできなくなっている。

・それまで日銀は大蔵省の尻に敷かれていたのだが、大蔵省としては、自分たちはそれほど唯我独尊ではないというポーズを、日銀法改正という形で日銀の独立性をアピールして示したかったのだ。これは日銀にとっては悲願達成だった。

 しかし、本来は政治が、民主主義によって国民から権限を与えられた政府が、インフレ目標を何%にするかを明確に決めるべきだ。日銀が決めるのはおかしい。

 そのうえで、その目標に至るまでの方法は、金融政策のプロである日銀に任せる。つまり手段は独立させるというのが、あくまで世界的な標準だ。

<日銀が目標の独立性を手離したくない理由>

・ところが日銀は、そういう形で政策を表に出すのを嫌がる。なぜかというと、どんな金融政策を取るかは、日銀の独立性という名の「権益」と化しているからだ。

<どこまで金融緩和すればいいのか?>

・経済政策にとっては将来の「インフレ予想」が必要だ。それまで政府・日銀には、直接的にインフレ予想を観測する手段がなかった。

 具体的には、物価連動債と普通の国債(非物価連動債)の利回り格差から、市場の平均的なインフレ予想を計算する。これを「ブレーク・イーブン・インフレ率(BEI)」と呼ぶ。

 これは世界中の中央銀行が導入し、使っている。BEIが高すぎると、引き締めなければいけない。低くなりすぎると、もっとお金を伸ばさなければいけない。

・ところが最近、BEIを算出されることを嫌ったのか、財務省は物価連動債を新たに発行しなくなってしまった。厄介な指標を計算されないように、元から断ってしまえ、ということなのだろうか。どこの国でも当たり前に計算している指標を、葬りにかかってきているのだ。

<正しい金融政策で経済が拡大すれば格差は「縮小」する>

・実際は格差が広がっていても、それぞれに分配があれば、全体としての社会不安は小さくなる。体感的にも、働く意志と能力があるのなら、何がしかの収入を自力で得られるのがいい社会だと素朴に思う。最下層の人の所得を上げるには、たとえ格差が広がっても、最高層を上げるべきだ。最下層を上げるためには全体のパイを増やすのが簡単だからだ。

 それでも働けない人には、生活保護やそれを進化させたベーシックインカムで助ければいい、それにしても、全体のパイを大きくしてからのほうが、より額も厚くできる。

<国債は便利なツールとして使えばいい>

・本書は国債をスコープとして、世界経済、そして日本の経済政策を見てきたが、現在の日本においては、国債はあくまでデフレを脱するためにマネーを増やし、将来増えすぎたときは減らすための重要なツールだということになる。

・要するに、現時点において国債が果たすべき役割は、日銀からお金を引き出すための道具として活用されればいい、ということになる。

 もし国債を買い過ぎれば、マネーが出すぎて必要以上のインフレになってしまう。その時は、高橋是清を思い出し、市中に国債を売ればいい。するとお金は日銀に還流して少なくなり、調整できる。国債は調節弁に使う。

 別に国債でなくてもいいのだが、国債がもっとも流通量が多いので、使い勝手がいいというだけだ。

 国債が、金融市場の中でコメのような役割を果たしていることはすでに述べた通りだが、それは国債の重要さ、流通量、流動性などが他の金融商品と比べて抜けているからだ。国債は金融市場の潤滑油のようなところがある。

・それでも、増税しないと財政破綻する、これ以上国債を刷ると暴落する、さらに格下げされるかもしれないという言葉を聞いてどうしても不安になってしまうのなら、CDS保証料に注目していればいい。マーケットで世界中のプロの投資家が、日本国債には何も問題はないと判断していれば、穏当な価格が付いているはずだ。

 それでも財政再建が気になる人は、債務残高対GDPが大きくならないなら心配ないはずだ。その条件は、だいたいプライマリー・バランス(基礎的財政収支)が赤字にならなければいい。

<あと900兆円国債を発行しても破綻しない>

・第1章の終わりで、歴史上イギリスがネットの債務残高が二度もGDP250%前後になったのに、いずれも破綻しなかったことを述べた。

 日本のネットの債務残高のGDP比は70%だから、往年のイギリスと同じ段階まで債務残高をふくらませるとしたら、あと900兆円も国債を発行しなければならないということになる。

 実際にそんなことをする必要はないのだが、もし900兆円国債を発行して、一気に財政出動したらどんな世の中になるか、ちょっと想像してみよう。

・さすがに1年では賄いきれないだろうから、9年に分け、年間100兆円ずつ使っていくことにしよう。民間金融機関の消化能力を考えて、全額日銀引き受けにしよう。そうすると、毎年、政府は日銀が刷った100兆円を手に入れられる。日本中のおカネが1年間で100兆円増える。

 政府も投資先が思いつかないので、とりあえず国民全員に配ることにしたとすると、国民1人当たり70万円が分配されることになる。4人家族なら、300万円近い札束が、宅配便か何かで届くのかもしれない。

 これには長年デフレに慣れてきた人たちも、さすがに驚くのではないだろうか。隣の家にも、向かいの家にも何百万円も配られているのだ。

・インフレになるということは、為替相場は円高から超のつく円安に変わる。

 とても簡単な計算をすれば、いま米ドルはおよそ2兆ドル、日本円は140兆円存在している。ここから割り出される為替レートは1ドル=70円ということになるのだが、日本円が240兆円になれば、一気に1ドル=120円になることになる。これは小泉政権時のレベルだ。

 これはすごいことになる。米ドルを使う人から見れば、日本製の自動車や家電、精密機器が、半額で買えるわけだ。プリウスが100万円、テレビが2万円で買える感覚だ。おそらくどんなに生産しても間に合わない。

・もうひとつ、ここでぜひ考えてほしいのは、お金の量を増やせば経済は回り始めるという法則だ。いきなり100兆円増やせば不必要なインフレを招いてしまうが、では20兆円なら、30兆円なら、あるいは40兆円ではどうなるだろうか。もっとマイルドで、所得の上昇を喜びつつ、貯金することではなく働いてお金を使い、また働くことに喜びと利益を見いだせる世の中になってはいないだろうか。

<だんだん変わってきた。未来はある>

・日銀は、間違い続けている。本当は、日銀の多くの人も、間違えていることに気づいているのではないかと思う。

<財務官僚・日銀職員は国民のために働くエリートではない>

・バーナンキ議長はかつて、「日銀はケチャップを買えばいい」と言い、何でもいいから買いを入れてマネーを供給すればいいではないかと主張していたが、日銀は、分かっている人から見ればそのくらいもどかしい中央銀行なのだ。

 官僚も博士号所持者は少ない。でも平気でそれなりのイスに座り、うさんくさい経済学もどきをばらまいてミスリードしている。こんなことも、他の先進国の政府職員や、国際機関の職員にはあまりないことだ。

<もう日銀は言い逃れできない>

・インフレ目標導入を防戦する日銀の言い訳は、いつも決まって「アメリカが導入していないから」だった。

 バーナンキ教授は、2002年にFRB理事に指名された。

 実は以前、私はバーナンキ教授本人からインフレ目標の話を聞いていた。必ず将来インフレ目標を導入するはずだと予測した。

 しかし、多くの人からバッシングされた。そんなことをするわけがないだろうと叩かれた。ところが、20122月、現実のものになった。

 困ったのは、日銀の人たちだ。

・もう言い逃れはできない。何が日本経済のためになるのかを、真剣に考えてほしい。そうしなければ、この国から成長力が削がれる。その先に待っているのは、本物の「破綻」だ。

『築土構木の思想』  土木で日本を建てなおす

藤井聡   晶文社    2014/7/25

<世間は皆、虚言ばかりなり>

・「土木」というと、多くの現代日本人は、なにやら古くさく、このITやグローバリズム全盛の21世紀には、その重要性はさして高くないものと感じているかもしれません。

 とりわけ、「人口減少」や「政府の財政問題」が深刻化している、と連日の様に様々なメディアで喧伝され続けている今日では、今更、大きなハコモノをつくる様な土木は、時代遅れにしか過ぎないだろう、というイメージをお持ちの方は多いものと思います。

 しかし、今日私たちが信じている様々な常識が、実は単なる「虚言」(ウソ話)にしか過ぎないという事例には、事欠きません。

<築土構木の思想>

・この言葉は、中国の古典『淮南子』(紀元前2世紀)の中の、次のような一節に出て参ります。すなわち、「劣悪な環境で暮らす困り果てた民を目にした聖人が、彼等を救うために、土を積み(築土)、木を組み(構木)、暮らしの環境を整える事業を行った。結果、民は安寧の内に暮らすことができるようになった」という一節でありますが、この中の「築土構木」から「土木」という言葉がつくられたわけです。

・すなわち、築土構木としての土木には、その虚言に塗れた世間のイメージの裏側に、次の様な、実に様々な相貌を持つ、われわれ人間社会、人間存在の本質に大きく関わる、巨大なる意義を宿した営為だという事実が浮かび上がって参ります。

第一に、土木は「文明論の要」です。そもそも、土木というものは、文明を築きあげるものです。

第二に、土木は「政治の要」でもあります。そもそも築土構木とは、人々の安寧と幸福の実現を願う、「聖人」が織りなす「利他行」に他なりません。

第三に、現代の土木は「ナショナリズムの要」でもあります。現代の日本の築土構木は、一つの街の中に収まるものではなく、街と街を繋ぐ道路や鉄道をつくるものであり、したがって「国全体を視野に納めた、国家レベルの議論」とならざるを得ません。

第四に、土木は、社会的、経済的な側面における「安全保障の要」でもあります。社会的、経済的な側面における安全保障とは、軍事に関わる安全保障ではなく、地震や台風等の自然災害や事故、テロ等による、国家的な脅威に対する安全保障という意味です。

第五に、土木は、現代人における実質上の「アニマル・スピリット(血気)の最大の発露」でもあります。

第六に、土木こそ、机上の空論を徹底的に排した、現場実践主義と言うべき「プラグマティズム」が求められる最大の舞台でもあります。

<土木で日本を建てなおす>

・そもそも、今日本は、首都直下や南海トラフといった巨大地震の危機に直面しています。今日の日本中のインフラの老朽化は激しく、今、適切な対応を図らなければ、2012年の笹子トンネル事故の様に、いつ何時、多くの犠牲者が出るような大事故が起こるか分からない状況にあります。

巨大地震対策、インフラ老朽化対策については多言を弄するまでもありません。

 大都市や地方都市の疲弊もまた、日本人がまちづくり、くにづくりとしての築土構木を忘れてしまったからこそ、著しく加速してしまっています。そして、深刻なデフレ不況もまた、アニマル・スピリットを忘れ、投資行為としての築土構木を我が日本国民が停滞させてしまった事が、最大の原因となっています。

 だからこそ、この傾きかけた日本を「建てなおす」には、今こそ、世間では叩かれ続けている「土木」の力、「築土構木」の力こそが求められているに違いないのです。

<公共事業不要論の虚妄  三橋貴明×藤井聡>

<インフラがなくて国民が豊かになれるはずがない>

・(藤井)三橋先生は、みなさんもよくご存じの通り、いま政府が採用しているアベノミクスというデフレ脱却のための政策の、理論的バックボーンをずっと長らく主張されてきた先生です。ならびにかなり早い段階から、経済政策としてもインフラ投資をやるべきだというお話をされています。

・(三橋)もうひとつはですね、公共投資を増やし、インフラを整備しなければいけないというと、よくこういうレトリックが来るわけですよ。「財政問題があるから公共投資にカネが使えず、インフラ整備ができない」と。日経新聞までもが言いますよ。要は予算がないと。これは全然話が逆で、日本は政府にカネがないから公共投資ができないんじゃないんですよ。公共投資をやらないから政府にカネがないんです。

・(三橋)そこで、政府が増税やら公共投資削減やらをやってしまうと、ますます国内でお金が使われなくなり、デフレが深刻化する。実際、日本は橋本政権がこれをやってしまったわけです。日本のデフレが始まったのはバブル崩壊後ではなく、97年です。

・公共投資を増やせばいいじゃないですか。財源はどうするか。それは建設国債に決まっていますよ。公共投資なんだから、国の借金がいやなら、日銀に買い取ってもらえばいいじゃないですか。

国の借金問題など存在しない

・(三橋)いずれにしても「公共投資に20兆も使っているんですよ!」といわれると、国民は「天文学的数字だ!」となってしまう。国の借金も1000兆円とか。

 ただし、その種の指標は数値をつなげて考えなくてはいけない。GDPが500兆の国が、公共投資20兆というのは、むしろ少なすぎるだろうと。しかもこんな自然災害大国で。そういうふうに相対化して比較しなくてはいけない。

・もうひとつは、最近、私が発見して流行らせようとしているんだけど、いわゆる国の借金問題。正しくいうと政府の負債ね。あれって、日銀が昨年からずっと量的緩和で買い取っているじゃないですか。だから、政府が返済しなければいけない借金って、いまは実質的にどんどん減ってきているんですよ。まあ国債が日銀に移っているんだけど、日銀は政府の子会社だから、あんなもの返す必要がない。国の借金問題なんて、いまはもう存在しないんですよ、実は。

・(三橋)もうひとつ怪しいのがありまして、社会保障基金。あれも100兆円くらいあるんだけど、中身は国民年金、厚生年金、共済年金なんですよ。政府が政府にカネを貸しているだけ。こういうのも「国の借金!」としてカウントして、本当にいいのかと思う。とにかく入れるものは全部詰め込んで、「はい1000兆円、大変でしょう」ってやっている。

・(三橋)日本政府は金融資産が500兆円くらいありますから、一組織としての金融資産額としては世界一じゃないですか。アメリカよりでかい。そのうち100兆くらい外貨準備です。残りは先ほどの社会保障基金。共済年金や厚生年金の持っている国債だから、そういうのは、絶対に相殺して見なくちゃいけないんだけど。

・(三橋)全部「借金」に詰め込んでいるわけですよね。しかも日銀が量的緩和で国債を買い取っている以上、返済が必要な負債はなくなってきているのに、それでもそういうことは報道されない。

・(三橋)(デフレの悪影響は)過小評価されています。デフレがどれほど悲惨な影響を及ぼすか、わかっていない。マスコミは「デフレになると物価が下がりますよ」としか言わないじゃないですか。だから、何が悪いんだ、みたいな話になりますが、違いますよね。デフレ期は所得が減ることがまずい。さらに問題なのは、所得が減るとはつまりは企業の利益が減るということなので、次第にリストラクチャリングとか倒産・廃業が増えていき、国民経済の供給能力が減っていくわけですよ。供給能力とは潜在GDPですよ、竹中さんの大好きな。

・(三橋)デフレこそが、まさに潜在GDPを減らしていますよ。典型的なのが建設企業です。1999年に60万社あったのが、いまは50万社を割ってしまった。10万社以上消えた。これ、経営者が相当亡くなられています。自殺という形で。

・(藤井)建設業というのは、築土構木をするための技術と供給力を提供しているわけですが、その力がデフレによって小さくなってきている。それこそ、会社の数でいって6分の5にまで減少している。実際、会社の数だけではなく、それぞれの会社の働いている方や、能力などを考えると、その供給力たるや、さらに落ち込んで来ていることがわかる。労働者の数だって、かっては700万人近くいたのが、今では500万人を切っている。実に3割近くも建設労働者は減ってしまった。

・(藤井)つまり、公共事業を半分近くにまで大幅に削減すると同時に、デフレで民間の建設事業も少なくなって、建設産業は大不況を迎えた。その結果何が起こったかというと、わが国の建設供給能力の大幅な衰退なわけです。実は、これこそが、日本国家にとって、深刻な問題なんです。でも、一般メディアでも経済評論家たちも、この問題を大きく取り上げない。

<築土構木の思想は投資の思想>

・(三橋)しかもやり方は簡単なんだから。日銀が通貨発行し、政府がそれを借りて使いなさい、というだけでしょう。しかもですよ、環境的にやることが見つからないという国もあるんですよ。でもいまの日本は、もちろん東北の復興や、藤井先生が推進されている国土の強靭化とか、インフラのメンテナンスとか、やることはいっぱいあるんですよ。なら、やれよ、と。建設企業のパワーがなくなってしまったため、そちらのほうがボトルネックになっていますよね。

・(三橋)建設の需要がこのまま続くかどうか、信用していないんですね。またパタッと止まったら、またもや「コンクリートから人へ」などと寝言を言う政権が誕生したら、またもやリストラですか、っていう話になってしまいますからね。

・(藤井)さらに建設省の公共投資額という統計の農業土木という分野を見ると、昔はだいたい1兆数千億円くらいあったのが、いまはもう23千億円程度になっている。民主党政権になる直前は6千数百億円だった。でも、民主党政権下で60%も減らされた。

<朝日と日経が共に公共投資を批判する愚>

・(藤井)いまのお話をお聞きしていますと、いわば「アンチ政府」とでも言うべき方々の勢力、市場主義で利益を得られる方々の勢力、「緊縮財政論者」の勢力、「財政破綻論者」の勢力、といった重なり合いながらも出自の異なる4つの勢力がある、ということですね。つまり、仮にその4つがあるとすれば、その4つが全部組み合わせて作り上げられる「四すくみの四位一体」が出来上がって、それが一体的に「公共事業パッシング」の方向にうごめいている、というイメージをおっしゃっているわけですね。

<国の借金、日銀が買い取ればチャラになる>

<日本ほど可能性のある国はない>

・(三橋)安全保障面ではアメリカべったりで、ひたすら依存していればうまくいきました。もう1つ、大きな地震がなかった。1995年の阪神・淡路大震災まで大震災がなかった。国民は平和ボケに陥りつつ、分厚い中流層を中心に、「一億総中流」のいい社会を築いたんだけど、非常事態にまったく対応できない国だったことに変わりはないわけです。

 ということは、いまから日本が目指すべき道は、非常事態に備え、安全保障を強化することです。結果として、高度成長期のように中間層が分厚い社会をもう一回つくれると思いますよ。最大の理由は、デフレだから。デフレというのは、誰かがカネを使わなくてはならない。

・(藤井)外国はそれがグローバルスタンダードなんですね。ですからグローバル―スタンダードに合わせすぎると、日本もせっかくすごい超大国になれる道をどぶに捨てることになりますね。


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by karasusan | 2016-06-01 08:16 | その他 | Comments(0)