日本の国会議員は、いわゆる世襲議員の占める割合が、国際的に見て非常に高いのはよく知られた事実である。また政治資金団体の相続は、基本的に無課税である。(1)

『世襲格差社会』 機会は不平等なのか

橋本俊詔 参鍋篤司   中公新書  2016/5/18

<二極化する世襲は、日本に何をもたらすのか!?

・医師、農家、政治家などの職業はいかに継承されているのか。世襲を通して、日本の不平等を考える。

<医師の世界における世襲>

・日本において世襲の数が多いのは、前章で見た農家と商家であろう。だが、世襲の意味を際立たせているのは医師である、と言ってよい。

日本の医師の数は2008年度で286699人(男性234702人、女性51997人)である。ついでながら人口10万人あたりの医師の数は200人強であり、先進国の中では非常に低い数となっている。この日本の医師の子どもは、どれほどが医師になっているのだろうか。

医師のうち約25%以上が医師の父親をもっていた。そして、その中でも父親と同じ診療科なのは全体の約15%である。つまり、60%前後が同じ診療科を引き継いでいるのである。ついでながら90%が息子であり、そして60%が長子であるために、大半は男性医師の長男が世襲していることがわかる。医師のうち開業医は25%ほどなので、それほど多い数字ではないかという解釈も可能である。

・ところで、医師には病院で医師の仕事をする勤務医の形態がある。日本の医師のうち約60%が勤務医である。

<医学生の過半数は医師の子ども>

・国立大学医学部に在籍する学生の親の職業が医師である比率は、大学によって差があるので30%から60%、私立大学医学部に在籍する学生にあっては、それは50%から90%の範囲にある。

<女性医師の増加>

医師は現時点で男性23万人、女性5万人の性比である。およそ18%が女医だが、その数はこれから急増が予想されている。なぜなら大学の医学部で学ぶ女子学生の比率は約3分の1に達しており、今後の医師の世界では女医の目立つ時代になることは確実である。

<司法の世界>

・親子ともに法曹人である比率を示す数字はない。ただ、かなり信頼性のある資料からそれを類推できる。日本弁護士連合会が発行している『自由と正義』という文献(2011年発行)では、弁護士である人の父母が同じく弁護士である比率は6.4%、おじ・おばが2.9%、おい・めいが1.9%と報告されている。親族の比率は1011%だ。医師と比較するとかなり低い世襲率であることがわかる。

 本来ならば裁判官や検事の世襲率をも視野に入れねばならないが、法曹人では弁護士が圧倒的に多いので、この世襲率で司法の世界を代表させてよいと思われる。

<日本の国会議員と世襲>

日本の国会議員は、いわゆる世襲議員の占める割合が、国際的に見て非常に高いのはよく知られた事実である。

 世襲議員が多いことのデメリットはよく指摘されている。政治を志すさまざまな人間が議員となる機会を奪い、参入障壁を高くする点や、議員にふさわしい能力と意欲を持たないにもかかわらず、世襲によって議員となってしまう点などが議論されている。

 

・しかし、その一方で世襲議員は、ジバン(後援会組織など)・カンバン(知名度など)・カバン(資金管理団体など)のいわゆる「三バン」に恵まれているので、選挙区における冠婚葬祭、地元の行事への出席などに時間を奪われることがなく、本来は国会議員が集中して行うべき、国会における政策論議に集中することができ、政策に詳しくなることができる、という議論もある。

・そもそも、政治家のパフォーマンスは、営業利益率などで計測できる類のものではない。また、政治家のパフォーマンスは、その政治家の信念などが一致する評価者から見れば高く、一致しない評価者から見れば低くなるのは当然である。

・この定義のもとで、世襲議員が非世襲議員と比べて、どの程度選挙に当選しやすいか、という分析を行うと、世襲1から世襲4(世襲13世代にわたる世襲、世襲22世代にわたる世襲、世襲3=祖父からの世襲(親は議員ではない)、世襲4=おじからの世襲(親は議員ではない))までが、選挙に有利であることを示した結果となっている。世襲5(親が地方議員・首長)と世襲6(配偶者の親が国会議員)は、非世襲議員と比べてとくに選挙に強いわけではなかった。したがって、本書では、世襲1から世襲4までを世襲議員と定義する。

 そして、この定義による世襲議員は、非世襲議員と比べ、第46回衆議院議員総選挙(2012年)において、小選挙区で当選する確率は37%も高かったのである。

<所属政党については、世襲議員は圧倒的に自民党に多いことがわかる>

<国会での活動と世襲議員>

・結果は、中央官僚、地方議員、地方公務員・NPO経験者が活発に活動していた。官僚、地方公務員は、現役官僚に負担の大きい主意書を活動手段としてそれほど用いていない一方で、地方議員経験者は大いに活用している。また、次回選挙において、比例で出馬する人は、質問時間・回数が多くなっていることがわかった。

しかし、世襲と非世襲議員の活動量の違いはここでもなかった。結果として、世襲議員は、その再選確率は高く、国会活動に割ける時間が相対的に多いと考えられるにもかかわらず、そうした傾向は観察されなかったと言えよう。

・ただ、ひとくくりに世襲議員と言っても、その中には活発に活動をしている者もおり、そうでない者も存在する。当然、世襲議員で活動量が多いのはどのような議員なのか、検討が必要となるだろう。

 その結果、世襲の女性議員のパフォーマンスが高くないこと、そして世襲の官僚出身議員のパフォーマンスが高いことを示していた。また、逆にサンプルを非世襲議員に限定して同様の分析を行った時、女性議員のマイナスは消え、官僚出身者のプラスの効果も消える一方、民間企業経営者出身者の効果はマイナスになる傾向が観察されている。

<活動量の多い議員に投票すべきか>

・世襲議員の支配的な現状が維持されることとなれば、「男性中心・官僚中心」といった政治体制が維持されていく可能性がある。そうした政治が今後の日本にとってはたして望ましいものかどうかという観点から、国会議員の世襲についての議論は必要となる。

<政治家と世襲>

政治家となった初代の人の苦労は、大変なものがあるに違いない。それは多くの政治家の証言としても残っている。

 子どもにはそういう地を這いずり回るような経験をさせたくないので、強固な地元の後援会組織を作り上げ、子どもはその神輿に乗るだけ、という状況が大なり小なり出来上がることになる。

 

・また、政治資金団体の相続は、基本的に無課税である。世襲議員は、そうした地元の集票組織が問題のある行いをしていても、それに気づかず(あるいは気づいても素知らぬ顔をして)、東京で教育を受け育ち、学校を卒業したのちも富裕な人々に囲まれ、そして地盤を引き継ぎ、優雅に暮らすことになる。そうした暮らしを続けていくうちに、世の経済格差、地方と東京の格差などについて、鈍感になっていく。

・さらに世襲議員の存在は、一般の国民が議員となるのを妨げている側面もある。非世襲議員は、一度落選してしまうと、その後の生活が成り立ちにくい。日本の大企業ではとくに、まだまだ雇用の流動性が低く、選挙に出場するのはかなり大きなリスクをともなう。ましてや、世襲議員が存在する選挙区に参入することのコストはかなり大きく、そのコストは完全に腐敗してしまい、回収することも難しいだろう。

・「普通」の人が、国民の代表たる議員になることは、非常に困難な状況であると言ってよいだろう。世襲議員の存在感が増すことは、その結果、世襲議員自体の質が問題となるだけでなく、「非」世襲議員の質を低めてしまうことにつながり、こうした弊害の方がむしろ大きいと言わざるを得ない。

・世襲の制限を謳った民主党政権の誕生は、こうした状況を変える契機であった。にもかかわらず、その政権運用のまずさや、経済政策や安全保障政策に対する無理解から、国民の信頼を完全に失ってしまった。そのために、世襲の制限といった話題は、国民の一般的な関心から外れてしまっている。

 その結果として、政治への参入障壁の高さは依然として変わらない、あるいはより高くなってしまい、リベラルな意見が反映される機会も大幅に減少することとなった。それが日本へ及ぼす負の影響は、計り知れないものがあると言わざるをえないだろう。

『よい世襲、悪い世襲』

荒 和雄    朝日新聞出版       2009/3/30

<政界の世襲>

<首相は世襲議員でなければなれないの?>

・プロローグでも悪い例として挙げたが、世襲制の中で最近世間に特に注目されている業界が政界である。日本の政治は、世襲政治家、世襲政治一家によって支配されているといっても過言ではない。

・麻生太郎首相の祖父は、吉田茂元首相、その前の福田康夫元首相の父は、福田赳夫元首相、そして三代前の安倍晋三元首相の祖父は、岸信介元首相である。このようにみると日本国の首相になるには、これら三人の首相のように祖父あるいは父が首相になった家系に生まれなければ首相になれないという理屈になる。

・国の行政の最高責任者の首相が、元首相の家系、さらには内閣を構成する大臣の半数が世襲議員である現状をみれば、現代日本の政治は、表面は近代民主国家ではあるけれども、中身は世襲議員による世襲議員や世襲一族のための世襲政治といわれてもいたしかたない。

これでは、口では「国民の目線で政治を変える」といくら唱えても世間一般の常識から大きくかけ離れ、政治は世襲政治一家の論理や常識がまかり通ってしまうことになる。その上、政治家として出世するには「世襲一家出身であること」が大きなキーポイントになっている。

<世襲議員の実態>

・図表は、2005年当時(郵政解散後)の衆議院議員の世襲の実態である。

 この数字でみると、自民党は129名と議席数の半分近くを占め、自民党イコール世襲政党のイメージがわく。

 一方民主党を図表でみると25名、全体の22.5%に達している。まさに第一党の自民党、第二党の民主党も世襲議員のオンパレードといったのが実態である。

・党の本部・支部の公認を得て、晴れての出馬となるが、他の立候補する新人と違い、世襲議員には、親から引き継いだ強力な「地盤」「看板」「カバン」という基盤がある。これを武器にしての選挙戦となる。

<資金管理団体の場合>

・今日でも政治家に伴う金銭のトラブルは、毎日のようにマスコミを賑わしている。政治家が政治活動、なかでも選挙活動を行うには膨大な経費がかかるのは多くの人たちは知っているが、健全なる民主主義のために日本では政治資金に関して三つの制度や法律を定めている。

 第一は、政党や政治団体などの政治資金の収支の公開や授受等の規正を定めた「政治資金規正法」がある。

 第二は、政党助成制度、政党助成法がある。

 第三は、政治資金収支報告書・政党交付金使途等報告書の提出の義務付けとその公開がある。

<「カバン」の総元締は「資金管理団体」>

・政治家の世襲という面で、問題なのは資金管理団体の世襲であろう。政治家の妻子がそのまま資金管理団体を引き継ぐことは、現行法では認められているものの、世襲以外の政治家あるいはそれを志す立候補者からみると、その引き継ぎは当初から大きなハンディキャップを負うことになり、不利であることは明らかである。

 政治活動の公明と公正を確保しつつ、日本の民主政治の健全なる発展に寄与することを考えれば、この資金管理団体の世襲・引き継ぎに関してはその是非について十分なる議論をすべきものといえよう。

・特に「悪しき世襲族」の代表格ともいえる政界では「地盤」「看板」「カバン(資金)」の三つの基盤を持った世襲議員が長い間にわたって政府や政党の要職を占めている。一体これで日本の政治は、大きな世界的な変革の潮流の中で生き残れるのか疑問を感じざるを得ない。

 折しも米国では100年に一度あるかないかといわれる大不況の中で、黒人のオバマ大統領が誕生、国民に自分の言葉で「変革」への対応や痛みを熱く呼びかけ、共にこの危機を乗り越え、米国の復活を果たそうと最大限の努力を振り絞っている。こうした米国の政治の果敢なる挑戦への現状をみるにつけ、政治制度の仕組みや国民気質や文化の違いはあれ、日本の政治はあまりにもお粗末、国民の意思を如実に反映したものとは程遠い。その元凶の一つは与野党、特に自民党における世襲議員の多さだ。

 政治に「変革」を望む国民は、新しい発想と果敢な行動力を持ち、人望と政策とを抱えた新しいリーダーの登場を待ち望んでいるが、そこには「世襲」という大きな壁が立ちふさがっている。

<事業承継>

・しかし、世襲を一概に「悪」と決めつけてしまうものではない。中小企業経営の研究をライフワークとして事業承継等を通じて長年後継者ら若手経営者を指導してきた筆者が、全国の講演活動や現地での指導・相談を通じて特に強く感じたことは、いま地方経済がピンチに陥り、疲弊している現実だ。特に地方都市にある老舗、商店街や地場産業自体が「後継者不足」を理由にM&A(企業の合併・買収)の危機にさらされ、特色のある企業、元気な企業までも東京系の企業に企業買収されている現実である。

<世襲のメリット>

1 長期的視野に立っての引き継ぎと後継者の育成

2 経営理念、経営信条、家訓など「ハート」の引き継ぎで盤石な世襲を

3 世襲を支える社史、自分史の編纂で歴史の一頁を伝える

4 幅広い人脈、支援団体など組織の引き継ぎとバックアップ体制

5 後を継ぐリーダーが特定、そのため権力闘争や派閥争いとは無縁

6 世襲者を中心としての社会的な権力・権限・地位の継承

7 経済基盤や商圏が確立、時には地域経済振興の地位も継承

8 家名、世襲名を通じてのブランドの浸透

9 新規事業・新分野への挑戦の余裕

<世襲のデメリット>

1 人材不足、後継者不在の厳しい現実

2 支配者を代表する世襲者たるリーダーが能力に欠ける場合、被支配者層は常に下流に漂流させられる

3 世襲者たるリーダーに対する絶対化、偶像化

4 特定の地位・肩書き・職業を安易に手に入れることへの不公平感、喪失感

5 組織の論理や掟によって常に守られている

6 公平なレースに勝ち抜いてきたとする錯覚と驕り

7 政治家の世襲化は官僚支配の温床か

8 家名を継ぐことのみ求め、肝心の「志」や「成果」は二の次

・改めて「世襲力」を見直して、よき世襲はさらに伸ばし、悪しき世襲はこれを廃止する、また廃止させるを得ない事態に追い込まれることを世襲者は考え直すべきであろう。

<いまこそ「世襲力」の結集を>

・次に企業経営者を中心として「世襲力」を13の要因にしてみよう。

1、 兆戦力

2、 家族力

3、 地域力

4、 特定の地位、肩書き、権力、権限の継承

5、 誇り高き由緒ある家名、家訓の継承。それに伴う周囲の尊敬と尊拝

6、 社会のリード役としての誇りと名誉。それに伴う重い責任と義務の自覚

7、 後継者の選択と教育に関しての「ゆとり」のある計画とその実施

8、 有事に役立つ「ピンチ」を「チャンス」に変える最高の英知たる「経営信条・理念」「家訓」の継承

9、 創業家・世襲家中心の結束力、一段と強固な閨閥作り

10、 官庁、業界団体、金融機関、取引先等の「信用」と「信頼」の継承

11、 「ブランド」「暖簾」「家名」一体化による長期間にわたる固定客の確保、安定

12、 豊かな財産、資産の継承による上流社会の生活の維持と安定

13、 「家名」などの信頼から人的ネットワークの構築が安易

『日本政治のウラのウラ』   証言・政界50

森喜朗  田原総一朗    講談社   2013/12/10

<ラグビー部退部>

・ラグビー部を退部する以上、大学も辞めなければいけないと思って、大西鉄之祐監督のところに行きました。「ラグビー部を辞めますから、大学も辞めます」と言ったら、「バカヤローッ」と言われて、ぶん殴られそうになってさあ(笑)。その時、大西先生はぼくにこう言ったんだよ。

「オマエなあ。何を考えているんだ。ラグビーを何だと思っているんだ。ラグビーはなあ、人生の目的じゃないぞ。手段にすぎない。だから、ラグビーがダメだと思うなら、大学で他のことをしっかり学べ。そして、何か大きなことを成し遂げてラグビー部の連中を見返してやれ。大学を辞める必要なんてないから、そうやってラグビーに恩返ししろ。それだけ、きみに言っておく」

<早大雄弁会>

・「あのなあ、早稲田の雄弁会は永井柳太郎先生が作った会なんだよ」

――石川県が生んだ大政治家の永井柳太郎ね。

森 早稲田大学の創立者である大隈重信も仲間で、永井先生が雄弁会を作ったんですね。横山さんに「だから、石川県人は雄弁会に入る義務がある」(笑)と言われて。ぼくも納得したわけです。雄弁会には、石川県人が結構多いんですよ。それで、「雄弁会の役員に知り合いがいる。紹介してやるから明日会ってみな」と言われて、その人に会って話を聞きました。「どうしようかなあ」とまだ迷っていたんだけど、幹事長が面接するというんで第一学生会館の部室に行ったんですよ。「偉い人が出てくるのかな」と思ったら、青白い顔をした小柄な男が出てきました。それが、後に文部大臣や参議院議長を歴任する西岡武夫さんですよ。

――西岡さんは森さんより年上ですか。

森 ふたつ上です。喘息持ちでね。「森さんって、あなた? ゴホンゴホン。まあ、しっかりやんなさい。ゴホンゴホン」(笑)と言うので、「こんな方がキャプテン(幹事長)をできるなら(笑)、オレもやれるだろう」と思って雄弁会に入ったんですよ。

・――森さんは雄弁会に入って政治志向になるのに、代議士秘書にならずに産経新聞の記者になった。これはどうしてですか。

森 いや。新聞記者になりたかったんだ。

――政治家じゃない?

森 政治家になることがいかに大変かを雄弁会の先輩たちから教わったからね。

――どう大変なんですか。

森 「森くん、地元の政治家の秘書になったら絶対にいかん。もしなったら、つかえている代議士と戦わなければならないからダメだ」とOBの藤波孝生さんが教えてくれたんだね。彼も自分の地元の三重県津市に近い伊勢の代議士の秘書をやっていました。

・森 よく世襲が批判されるけれど、詰まるところ、足の引っ張り合いの結果なんだね。自分が出る勇気はないが、あいつをならせたくもないということになると、代議士の息子が出るしかないんです。息子が出れば「まあ、しょうがないか」ということで収まる。だから、よっぽどのことがないかぎり、秘書まで順番が回って来ないわけです。

 藤波さんの場合は、秘書をやった後、県議会議員をしていましたが、親分の代議士が立派な人で藤波さんに禅譲したんです。これは、珍しいケースですね。

・森 うちのおやじは田舎町の町長で絶対的な地盤があるわけではなく、金もなかったから政治家になるには秘書になるしかなかったけれども、そういう先輩たちを見ていて、地元の代議士の秘書になるのはまずいと思ってね。そうすると、政治に携わっていて、政治家になれる可能性があるのは新聞記者ですよ。それで、記者になろうと思った。

――本当は政治家の秘書になりたかったけれど、先輩たちを見ているかぎり、秘書になっても代議士になれる可能性は少ないと。それなら、政治とも関係のある新聞記者になろうということね。

・――こう言っちゃ悪いけど、森さんは産経も早稲田も試験を受けずに入ったわけね。

森 早稲田の試験は受けてますよ。運動部の推薦があったんですよ。

――試験を一応、受けている?

森 そら、ちゃんと試験を受けていますよ。多少は下駄を履かせてくれたと思うけどね。日経新聞の「私の履歴書」でも、ぼくが勉強もしないで入学したということになっていて、大学が大騒ぎした(爆笑)。投書や問い合わせがたくさん来て「森さんはスポーツで入ったんだろう。それなら、うちの孫もぜひ、そうしてもらえんか」(笑)と。

<代議士秘書>

・――それで、日本工業新聞の記者から、あんなに嫌がっていた代議士秘書になりますね。

森 井関農機の創業者である井関邦三郎社長が、愛媛県三区選出の今松治郎代議士と小学校の同級生でね。今松さんは東京大学を卒業して内務省の官僚になり、政治家に転身した人ですが、たまたま秘書が辞めることになった。それで、井関専務から「森くん、今松先生の手伝いをやってくれないか」と誘われたんです。「秘書にだけは絶対にならないようにしよう」と思って行ったんだけど、結局、秘書になることになった。

・森 そりゃ、そうですよ。前から「そういうことをやっちゃいかん」と言われていたわけだからね。それで、秘書になってしばらくしたら、今松さんが亡くなったんです。そうしたら、地元の支持者たちが大挙して上京してきて、みんなが私に「選挙に出ろ」と言う分け。だけど、ぼくはこんなところでは選挙は絶対にできないと思った。

――それは、どうしてですか。

森 とにかく金がかかる。金が平然と飛び交うんだね。

――どういうことに金がかかるんですか。

森 直接、有権者に渡しちゃうのよ。

・森 辺境にある田舎町にはそういうところが多かったんですね。愛媛三区というのはね、金に問題のある人ばっかりだった。田原さん、ご存知かなあ。バナナ事業を起こした大和の毛利松平、日大の理事などをやっていた高橋英吉。この人は事務所に「日大受験の方はご相談に応じます」(爆笑)と書いてあったからね。「オレは、50人から入れる枠を持っている」と豪語していましたけど、50人の相手から御礼をもらったら結構な額になるでしょう。そういう時代ですよ。それから、早大雄弁会の先輩の阿部喜元。

 とにかく、金を使う人ばかりでね。今松さんが落選するのも無理ないんですよ。金はない。演説は下手。見栄えもしない(笑)それでも内務省警保局長という肩書で代議士になったわけですな。そんな選挙区で出馬しても、金がないのだから勝ち目がないじゃないですか。だから、ここで出るのなら、地元の石川県で出てやろうと思ったんです。

<出馬した理由>

・森 自分たちの自己満足のために出馬する政治家を選んでいましたからね。だから、元知事とか元市長とか、元県幹部とか、そんなのばっかり出してね。政治家に対する尊敬もなく、長老の県議会議員どもが勝手なことをしていたのが、ぼくには我慢ならなかった。

・森 ぼくが幸運だったのは、やっぱり小さな田舎町といえども、親父が町長として有名だったことです。何しろ、9期にわたって無投票当選なんです。当選回数なら10回以上の首長がいるけれど、9回の選挙が全部、無投票だった町長はちょっといないでしょう。

<いきなり出馬宣言>

<岸信介元総理来る!>

――それで、新幹線と北陸本線を乗り継いで石川県にやって来たわけだ。

森 新聞記者に「いいんですか。元総理が非公認候補の応援に来て」と質問された時、岸さんは「いや、私は、事情はわからない。しかし、森くんは東京では大変必要な人物だ。こういう人に国会に来てもらわないと、自民党の将来も、明日の日本もない」なんてことをおっしゃってね。4~5ヵ所で応援演説をしてくれました。

――そんなに演説をしたんですか。

森 夕方の列車で小松駅から米原に向かったのだけど、ぼくは親父とふたりで小松駅のホームで見送りました。「最後まで、ありがとうございました」と言ってね。岸先生が乗った列車に向かって、赤いテールランプが見えなくなるまで、何度も何度も頭を下げて見送ったんです。

<代議士誕生>

・森 公示2日前のことです。地域を回って夜遅く零時すぎに自宅に帰って来ると、親父から家族、親戚一党がみんな揃っているんですよ。シーンと静まり返ってね。「おっ、どうしたのかな」と思ったら「座れ」と言われて「もう降りろ。親戚中、迷惑している」と言うんだな。

――親戚がみんな「降りろ」と言ってきたわけだ。

森 親父がね、「今までのことはしょうがない、息子がやったことだから親が責任を持つ。しかし、もう金がないだろう。もう精一杯やったから、ここで止めろ」と言うわけ。珍しく頑として譲らない。周りにいるおばさんや親戚がオイオイ泣いて「喜朗ちゃん、止めて~」(笑)。

 もはや命運もこれまでかと思ったのが夜中の2時ぐらいかな。そうしたら突然、バリバリバリという音がするんですよ。窓の外を見ると、赤々とした炎が上がっている。火事ですよ。

――えっ!火事!

森 火の手がゴーッと上がっているので、ぼくはサッと飛び出した。そうしたら、50メートルほど先の風呂屋が燃えているんだ。選挙で疲れ果てていた連中を「火事だ、火事だ」と叫んで叩き起こし、風呂屋に駆けつけた。風呂屋の女将は腰が抜けて、その場にへたり込んでいた。ぼくは咄嗟に、火中にあった何か黒い物に水をぶっかけて引っ張り出した。そうしたら、それが仏壇だったんですね。

 これが後で評価されるんです。ぼくが行った時にはもう、他に引っ張り出す物が何もなかったんだけれども、新聞記者はそんなことは知らないからね。「森は大した人間だ。仏壇をとにかく引っ張り出した」ということになって、評価が高まった(笑)それどころか、町長の家の近所が燃えたというだけで、町民がみんなお見舞いに酒を持ってくる。見る見るうちに、一升瓶が山積みになって。「おお、これを酒屋に引き取らせれば、ゼニができる」(爆笑)

 家族会議もそのまま有耶無耶になり、2日後に無事、公示日を迎えました。


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by karasusan | 2016-07-22 10:09 | その他 | Comments(0)