2015年4月、安倍首相は「来年の2月までに物価目標2%を達成できないのであれば、アベノミクスは失敗であったと言わざるを得ない」と発言しました。(3)

『築土構木の思想』  土木で日本を建てなおす

藤井聡   晶文社    2014/7/25

<世間は皆、虚言ばかりなり>

・「土木」というと、多くの現代日本人は、なにやら古くさく、このITやグローバリズム全盛の21世紀には、その重要性はさして高くないものと感じているかもしれません。

 とりわけ、「人口減少」や「政府の財政問題」が深刻化している、と連日の様に様々なメディアで喧伝され続けている今日では、今更、大きなハコモノをつくる様な土木は、時代遅れにしか過ぎないだろう、というイメージをお持ちの方は多いものと思います。

 しかし、今日私たちが信じている様々な常識が、実は単なる「虚言」(ウソ話)にしか過ぎないという事例には、事欠きません。

<築土構木の思想>

・この言葉は、中国の古典『淮南子』(紀元前2世紀)の中の、次のような一節に出て参ります。すなわち、「劣悪な環境で暮らす困り果てた民を目にした聖人が、彼等を救うために、土を積み(築土)、木を組み(構木)、暮らしの環境を整える事業を行った。結果、民は安寧の内に暮らすことができるようになった」という一節でありますが、この中の「築土構木」から「土木」という言葉がつくられたわけです。

・すなわち、築土構木としての土木には、その虚言に塗れた世間のイメージの裏側に、次の様な、実に様々な相貌を持つ、われわれ人間社会、人間存在の本質に大きく関わる、巨大なる意義を宿した営為だという事実が浮かび上がって参ります。

第一に、土木は「文明論の要」です。そもそも、土木というものは、文明を築きあげるものです。

第二に、土木は「政治の要」でもあります。そもそも築土構木とは、人々の安寧と幸福の実現を願う、「聖人」が織りなす「利他行」に他なりません。

第三に、現代の土木は「ナショナリズムの要」でもあります。現代の日本の築土構木は、一つの街の中に収まるものではなく、街と街を繋ぐ道路や鉄道をつくるものであり、したがって「国全体を視野に納めた、国家レベルの議論」とならざるを得ません。

第四に、土木は、社会的、経済的な側面における「安全保障の要」でもあります。社会的、経済的な側面における安全保障とは、軍事に関わる安全保障ではなく、地震や台風等の自然災害や事故、テロ等による、国家的な脅威に対する安全保障という意味です。

第五に、土木は、現代人における実質上の「アニマル・スピリット(血気)の最大の発露」でもあります。

第六に、土木こそ、机上の空論を徹底的に排した、現場実践主義と言うべき「プラグマティズム」が求められる最大の舞台でもあります。

<土木で日本を建てなおす>

・そもそも、今日本は、首都直下や南海トラフといった巨大地震の危機に直面しています。今日の日本中のインフラの老朽化は激しく、今、適切な対応を図らなければ、2012年の笹子トンネル事故の様に、いつ何時、多くの犠牲者が出るような大事故が起こるか分からない状況にあります。

・巨大地震対策、インフラ老朽化対策については多言を弄するまでもありません。

 大都市や地方都市の疲弊もまた、日本人がまちづくり、くにづくりとしての築土構木を忘れてしまったからこそ、著しく加速してしまっています。そして、深刻なデフレ不況もまた、アニマル・スピリットを忘れ、投資行為としての築土構木を我が日本国民が停滞させてしまった事が、最大の原因となっています。

 だからこそ、この傾きかけた日本を「建てなおす」には、今こそ、世間では叩かれ続けている「土木」の力、「築土構木」の力こそが求められているに違いないのです。

<公共事業不要論の虚妄  三橋貴明×藤井聡>

<インフラがなくて国民が豊かになれるはずがない>

・(藤井)三橋先生は、みなさんもよくご存じの通り、いま政府が採用しているアベノミクスというデフレ脱却のための政策の、理論的バックボーンをずっと長らく主張されてきた先生です。ならびにかなり早い段階から、経済政策としてもインフラ投資をやるべきだというお話をされています。

・(三橋)もうひとつはですね、公共投資を増やし、インフラを整備しなければいけないというと、よくこういうレトリックが来るわけですよ。「財政問題があるから公共投資にカネが使えず、インフラ整備ができない」と。日経新聞までもが言いますよ。要は予算がないと。これは全然話が逆で、日本は政府にカネがないから公共投資ができないんじゃないんですよ。公共投資をやらないから政府にカネがないんです。

・(三橋)そこで、政府が増税やら公共投資削減やらをやってしまうと、ますます国内でお金が使われなくなり、デフレが深刻化する。実際、日本は橋本政権がこれをやってしまったわけです。日本のデフレが始まったのはバブル崩壊後ではなく、97年です。

・公共投資を増やせばいいじゃないですか。財源はどうするか。それは建設国債に決まっていますよ。公共投資なんだから、国の借金がいやなら、日銀に買い取ってもらえばいいじゃないですか。

<国の借金問題など存在しない>

・(三橋)いずれにしても「公共投資に20兆も使っているんですよ!」といわれると、国民は「天文学的数字だ!」となってしまう。国の借金も1000兆円とか。

 ただし、その種の指標は数値をつなげて考えなくてはいけない。GDPが500兆の国が、公共投資20兆というのは、むしろ少なすぎるだろうと。しかもこんな自然災害大国で。そういうふうに相対化して比較しなくてはいけない。

 もうひとつは、最近、私が発見して流行らせようとしているんだけど、いわゆる国の借金問題。正しくいうと政府の負債ね。あれって、日銀が昨年からずっと量的緩和で買い取っているじゃないですか。だから、政府が返済しなければいけない借金って、いまは実質的にどんどん減ってきているんですよ。まあ国債が日銀に移っているんだけど、日銀は政府の子会社だから、あんなもの返す必要がない。国の借金問題なんて、いまはもう存在しないんですよ、実は。

・(三橋)もうひとつ怪しいのがありまして、社会保障基金。あれも100兆円くらいあるんだけど、中身は国民年金、厚生年金、共済年金なんですよ。政府が政府にカネを貸しているだけ。こういうのも「国の借金!」としてカウントして、本当にいいのかと思う。とにかく入れるものは全部詰め込んで、「はい1000兆円、大変でしょう」ってやっている。

・(三橋)日本政府は金融資産が500兆円くらいありますから、一組織としての金融資産額としては世界一じゃないですか。アメリカよりでかい。そのうち100兆くらい外貨準備です。残りは先ほどの社会保障基金。共済年金や厚生年金の持っている国債だから、そういうのは、絶対に相殺して見なくちゃいけないんだけど。

・(三橋)全部「借金」に詰め込んでいるわけですよね。しかも日銀が量的緩和で国債を買い取っている以上、返済が必要な負債はなくなってきているのに、それでもそういうことは報道されない。

・(三橋)(デフレの悪影響は)過小評価されています。デフレがどれほど悲惨な影響を及ぼすか、わかっていない。マスコミは「デフレになると物価が下がりますよ」としか言わないじゃないですか。だから、何が悪いんだ、みたいな話になりますが、違いますよね。デフレ期は所得が減ることがまずい。さらに問題なのは、所得が減るとはつまりは企業の利益が減るということなので、次第にリストラクチャリングとか倒産・廃業が増えていき、国民経済の供給能力が減っていくわけですよ。供給能力とは潜在GDPですよ、竹中さんの大好きな。

・(三橋)デフレこそが、まさに潜在GDPを減らしていますよ。典型的なのが建設企業です。1999年に60万社あったのが、いまは50万社を割ってしまった。10万社以上消えた。これ、経営者が相当亡くなられています。自殺という形で。

・(藤井)建設業というのは、築土構木をするための技術と供給力を提供しているわけですが、その力がデフレによって小さくなってきている。それこそ、会社の数でいって6分の5にまで減少している。実際、会社の数だけではなく、それぞれの会社の働いている方や、能力などを考えると、その供給力たるや、さらに落ち込んで来ていることがわかる。労働者の数だって、かっては700万人近くいたのが、今では500万人を切っている。実に3割近くも建設労働者は減ってしまった。

・(藤井)つまり、公共事業を半分近くにまで大幅に削減すると同時に、デフレで民間の建設事業も少なくなって、建設産業は大不況を迎えた。その結果何が起こったかというと、わが国の建設供給能力の大幅な衰退なわけです。実は、これこそが、日本国家にとって、深刻な問題なんです。でも、一般メディアでも経済評論家たちも、この問題を大きく取り上げない。

<築土構木の思想は投資の思想>

・(三橋)しかもやり方は簡単なんだから。日銀が通貨発行し、政府がそれを借りて使いなさい、というだけでしょう。しかもですよ、環境的にやることが見つからないという国もあるんですよ。でもいまの日本は、もちろん東北の復興や、藤井先生が推進されている国土の強靭化とか、インフラのメンテナンスとか、やることはいっぱいあるんですよ。なら、やれよ、と。建設企業のパワーがなくなってしまったため、そちらのほうがボトルネックになっていますよね。

・(三橋)建設の需要がこのまま続くかどうか、信用していないんですね。またパタッと止まったら、またもや「コンクリートから人へ」などと寝言を言う政権が誕生したら、またもやリストラですか、っていう話になってしまいますからね。

・(藤井)さらに建設省の公共投資額という統計の農業土木という分野を見ると、昔はだいたい1兆数千億円くらいあったのが、いまはもう23千億円程度になっている。民主党政権になる直前は6千数百億円だった。でも、民主党政権下で60%も減らされた。

<朝日と日経が共に公共投資を批判する愚>

・(藤井)いまのお話をお聞きしていますと、いわば「アンチ政府」とでも言うべき方々の勢力、市場主義で利益を得られる方々の勢力、「緊縮財政論者」の勢力、「財政破綻論者」の勢力、といった重なり合いながらも出自の異なる4つの勢力がある、ということですね。つまり、仮にその4つがあるとすれば、その4つが全部組み合わせて作り上げられる「四すくみの四位一体」が出来上がって、それが一体的に「公共事業パッシング」の方向にうごめいている、というイメージをおっしゃっているわけですね。

<国の借金、日銀が買い取ればチャラになる>

<日本ほど可能性のある国はない>

・(三橋)安全保障面ではアメリカべったりで、ひたすら依存していればうまくいきました。もう1つ、大きな地震がなかった。1995年の阪神・淡路大震災まで大震災がなかった。国民は平和ボケに陥りつつ、分厚い中流層を中心に、「一億総中流」のいい社会を築いたんだけど、非常事態にまったく対応できない国だったことに変わりはないわけです。

 ということは、いまから日本が目指すべき道は、非常事態に備え、安全保障を強化することです。結果として、高度成長期のように中間層が分厚い社会をもう一回つくれると思いますよ。最大の理由は、デフレだから。デフレというのは、誰かがカネを使わなくてはならない。

・(藤井)外国はそれがグローバルスタンダードなんですね。ですからグローバル―スタンダードに合わせすぎると、日本もせっかくすごい超大国になれる道をどぶに捨てることになりますね。

『エコノミスト   2016.4.19』 

<識者7人が採点 黒田日銀3年の評価>

70点 失業率低下が政策の正しさを証明 2%未達は消費税増税が原因  (高橋洋一)>

・この3年の日銀を評価する基準は2つある。失業率とインフレ率だ。

 まず完全失業率は3.3%(2月時点)まで下がっている。金融政策は失業率に効く。失業率が改善しているから、期待への働きかけや波及経路は機能しており、量的・質的金融緩和(QQE)が正しかったことを示している。

・原油安によってインフレ2%を達成できなかったという日銀の説明は、短期的には確かにそうだが、34年で見ると影響はなくなる。消費増税の影響を見通せなかったので、結局、原油安を方便として使っている。

・日銀当座預金への0.1%のマイナス金利の導入は金融緩和として評価できる。

・金利を下げて、民間金融機関の貸し出しを後押しすれば、借りたい企業や人は出てくる。ビジネスをしたい人にとってはチャンス到来だ。

・国債などの政府債務残高は現在、約1000兆円。日本政府の資産を考えると、ネット(差し引き)で500兆円になる。そこに日銀を政府との連結で考えると、日銀が300兆円分の国債を持っているから、政府債務は連結すると200兆円ということになる。GDP比で考えると欧米より少ない。

 そして、日銀が出口戦略に入る時も国債を吐き出す(売る)ことをせずに、GDPが上がるのを待てば、日本政府の財政再建が実はもう少しで終わる。財政ファイナンスで最悪なのは、ハイパーインフレになることだが、今の日本はインフレ目標もあり、その懸念はない。国債も暴落しなくていい。何も悪いことない。

『最強国家ニッポンの設計図』  ザ・ブレイン・ジャパン建白

大前研一   小学館   2009/6/1

<核、空母、憲法改正、そして国民皆兵制もタブー視しない真の国防論>

<北朝鮮を数日で制圧するだけの「攻撃力」を持て>

・外交は時に戦いである。いや、むしろ国家と国家の利害が対立する場面ほど外交力が必要になる。そして時に「戦争」というオプションも視野に入れておかなければ、独立国家としての対等の外交は展開できない。

・本当に必要かつ十分な軍備とは何かを考えておく必要がある。

・自力で国を守るのは至極当然のことだ。大前提として戦争を抑止するには「専守防衛」などと言っていては駄目だ。

・具体的には、射程距離1000km以上のミサイル、航空母艦、航続距離の長い戦略爆撃機、多数の上陸用舟艇などを中国地方や九州地方に配備するべきだ。

<突然豹変して威圧的になるのが、中国の常套手段>

・ただし私は、中国との戦いは実際には起きないだろうとみている。中国が周辺国を挑発しているのは、侵略の意図があるからというより、実は国内の不満を抑えることが最大の目的だと思われるからだ。いま中国政府が最も恐れているのはチベット問題や新疆ウイグル問題、あるいは法輪功、失業者、農民等の不満による内乱がある。それを避けるためにはあえて国境の緊張を高めて国民の目を外に向けようとしているのだと思う。

<国民皆兵で男女を問わず厳しい軍事訓練を経験させるべきだ>

・ただし実際に「核兵器」を保有する必要はない。それは敵を増やすだけだし、維持するのも大変なので、むしろマイナス面が大きいだろう。国家存亡の脅威に直面したら90日以内に核兵器を持つという方針と能力を示し続け、ロケットや人工衛星の技術を高めるなど、ニュークリア・レディの技術者を常に磨いておくことが重要だと思う。また欧米の同盟国に日本のこうした考え方を説明し納得してもらっておく必要がある。

・ソフトウェアの第一歩とは、すなわち「憲法改正」である。現行憲法は再軍備をしないという条文しかないので、開戦と終戦の手順はもとよりそれを国会がきめるのか首相が決めるのか、といったことすら想定していない。自衛隊についてもシビリアン・コントロールについても定義は明確ではない。つまり今の日本には“戦う仕掛け”がない。

<中国の人権問題を「ハードランディング」させると7億人の農民が世界を大混乱に陥れる>

<中国政府が気づかない「2つのズレ」>

・いま中国政府が理解すべきは自分たちが考える常識と世界が考える常識がズレている、ということだ。ズレは2つある。

・一方、中国は今もチベットや新疆ウイグルなどを征服したという認識は全くない。

・もう一つのズレは、中国が宗教の自由を認めないことである。

<台湾もチベットも独立させて中華「連邦」を目指せ>

<私の提案に賛同する中国指導者たちは、起て!>

・現在の中国で国民に自治と自由を与えたら、不満を募らせている7億人の農村戸籍の人々が都市に流入して大混乱が起きる。力と恐怖による支配を放棄すれば、暴徒化した農民たちが中国人資本家や外国人資本家を襲撃して富を略奪するかもしれないし、第2の毛沢東が現れて、より強力な共産国家を作ってしまうかもしれない。

・なぜ、国民に移動の自由さえ与えていないのかを真剣に考えたことのない欧米諸国が、自分たちの基準を中国に当てはめて、人権だと民主主義だのとなじることも間違いなのだ。

<「世界に挑戦する日本人」第4の黄金期を築け>

<世界に飛び出せない“偽エリート”の若者たち>

・どうも最近の日本人はだらしない。基本的な能力が低下しているうえ、気合や根性もなくなっている。

 私は、アメリカのスタンフォード大学ビジネススクールやUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)で教えていたが、クラスにいた日本人留学生は実に情けなかった。

・英語こそ、そこそこのレベルではあったが、中国、韓国、ヨーロッパ、中南米などの他の国々から来たクラスメートの活発な議論に加わることができず、覇気がなくてクラスへの貢献もあまりできていなかった。

・私は、若い頃、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)大学院に留学した。1960年代の後半である。あの時代は、日本を離れる時に家族と水杯を交わし、博士号が取れなかったら日本に帰れないという悲壮な覚悟で太平洋を渡った。実際、博士号が取れずにボストンのチャールズ川に投身自殺したクラスメートもいた。留学中の3年間、私は(お金がないせいだが)一度も帰国しないどころか自宅に電話さえかけなかった。

 ところが今の日本人留学生は日常的に携帯電話で自宅と連絡を取り、嫌になったら簡単に逃げ帰る。

<●●インターネット情報から●●>

ウィキペディアWikipedia(フリー百科事典)より

<高橋洋一>

主張

増税する前に、まず政府の無駄な出費を減らすことを主張する、上げ潮派の論客。1998年から在籍したプリンストン大学ではベン・バーナンキの薫陶を受けた。いわゆるリフレ派であると目される。

埋蔵金

2008年(平成20年)には、いわゆる「霞が関埋蔵金」が存在すると主張し、翌年に発生した世界金融危機に際しては、政府紙幣の大量発行によって景気回復を試みるよう提言した。

日本の財政について

財務省時代に国のバランスシートを作成(2012年現在は財務書類という名称で公表)し、国の借金は900兆、資産は500兆、差し引き400兆の負債であり、これを踏まえて財政を論議しなければならないと、増税を主張する財務省やマスコミを批判している。

日本の財政再建のためには、大胆な金融緩和によるリフレーション政策で経済を成長させ、税収の自然増を図るべきであると主張している。また2013年の時点で「日本は世界1位の政府資産大国」であり、国民1人あたり500万円の政府資産があり、売却すれば金融資産だけで300兆円になると主張している。

日本銀行批判

大蔵省在籍中から、日本銀行による金融政策への批判を繰り返してきた。構造改革論が盛んに論じられた2002年には、構造改革の模範と目されたニュージーランドがかつて、金融政策によってデフレーションに陥る危機を脱したことを指摘、インフレーション目標を採用しない日本銀行を批判した。

日本銀行はハイパーインフレーションを恐れ、紙幣の大量発行を拒否しているが、40兆円の需給ギャップがあるのでそうはならないとも主張している。その後、銀行の持つ国債を日銀がデフレ(需給、GDP)ギャップ分の30兆(20124-6月は10兆(朝日新聞))円分引き取り、紙幣を供給する政策も主張している。

2012年現在の金融政策について、「日銀が100兆円ほどの量的緩和をすれば株価も5000円程上昇、そうしないと日本の景気回復(デフレ脱却)とはならない。今の日銀の5-10兆円での量的緩和では、海外からは見劣りし周回遅れである」と批判している。

アベノミクスの三本の矢で最も重要なのは『金融緩和である』としている。

『タックス・イーター』  ――消えていく税金

志賀櫻    岩波新書   2014/12/20

<タックス・イーターとは何者か>

<族議員>

・タックス・イーターは、のちに述べるように「政官業の鉄のトライアングル」を結成している。このトライアングルの中枢は「政」、言い換えれば「族議員」である。

・結局「全部で5つある」という意味ではなく、「数ある族の中でも容易ならざる権勢を誇るものが5つある」という意味であろうということで決着がついた。農林族、建設族(道路族)、厚生族、文教族、郵政族、地方族、商工族、その他のうちの5つが「五族」だというわけである。

<農林族(農水族)>

・いまではその凋落ぶりに往時のパワーはさすがに見られないが、かつて族議員といえば「農林族(農水族)」は間違いなくその筆頭であった。政治力にまかせて確保した既得権益と農林予算は、まるで分厚い根雪のようであった。いくら削っても底が見えないカネの山に、その権勢には絶大なるものがあった。

<建設族(道路族)>

・農林族と勝るとも劣らない典型的な族議員が建設族/道路族であった。往時は、自民党の道路調査会には1年生議員は入れてもらえなかった。道路予算とはそれほど利権と癒着の機会を提供する甘いアメだったのである。農水省が作った高速道路仕様の農業道路と、建設省が作った高速道路が並行して走っていたことは、予算の無駄遣いの典型として何度も新聞紙上に取り上げられた有名な逸話である。田中角栄総理の地元に行くと、県内には実に立派な道路が縦横に走っているのに、県境を越えるやそれが突然途切れてしまう。国道とは言いながら実は「県道」であり、便利であろうとなかろうと、公共事業によって選挙区の土木業者にカネが落ちればそれでよかったのである。

<厚生族>

・厚生族、社労族(2001年の省庁再編以後は厚労族)も腕力があった。3K赤字(コメ、国鉄、建保)の一つが建保であった頃のことである。元総理の甥である会長に率いられた日本医師会が絶大な組織力を誇り、厚生予算の政治家対策はじつに厄介であった。いまでも医療費をめぐる厚労族との折衝は容易なものではない。しかも、その族議員と結託した厚労省の官僚が平気で噓をつくことはすでに見た。

・岩盤規制は国民生活の多岐にわたる。そのような規制が「岩盤」と呼ばれるほど固いのは、その規制がなくなれば食べていけなくなる人間が多数いるからである。安倍総理のパフォーマンスもあって一時は官僚主導に見えた政治手法も、復活した族議員によってじわじわと足場を切り崩されているところである。

<文教族・郵政族>

・文部省(現・文部科学省)を根城とする文教族も強力なことで有名であった。これは元はといえば日教組対策のために形成された議員集団であった。それがいつしか、文部省関係の予算に強い発言権を持つようになっていった。

・郵政族が強力であったのは、全国にくまなく張りめぐらされた特定郵便局のネットワークが強力な集票機構となっていたからである。

・しかし、IT社会の進展についていけなくなったあたりから郵政省の存在感は徐々に薄れていき、小泉内閣の郵政民営化によって決定的打撃を受け、ついには総務省に統合されて郵政族も根こそぎ駆逐された。

<政と官との間合いの難しさ>

・税制があまりにも複雑になり過ぎている面もあるが、つねに勉強を怠らないことが必要である。

 ただし、毎年の税制改正は不要であろう。知恵者の租税回避スキームをつぶす必要があるのでやむをえない面はあるかもしれないが、せいぜい2年に一度でよい。現在のように毎年膨大な量の改正を行っていると、専門家である税理士でさえ勉強が間に合わない。「特別措置、覚えた頃には廃止され」という川柳もあるくらいである。

<官僚>

・経済重視の吉田ドクトリンの結果、戦後の希少な資金を配分する権限が大蔵省に集中し、また内務省が解体されたために、大蔵省が霞が関で突出した官庁となる形になった。

<事業官庁>

・後知恵だが、社会保障制度の破綻の大きな要因は、高度成長期の税の自然増収が永遠に続くかのような錯覚をもって社会保障予算のデザインをおこなったことである。その結果、主要経費のうち「社会保障関係費」は巨額に上り、いまやトップである。ただし、これは一般会計だけの話である。一般会計に現れる社会保障関係費30兆円の支出は、医療や介護を含めた社会保障全体の3割程度にすぎない。

 社会保障予算に関連してとりわけ問題なのは、第2章で述べたように国民年金の破綻であるが、「消えた年金」もこれに劣らず重大な問題であろう。志の高さのかけらもない厚生官僚の杜撰さによって、誰がどれほどの年金保険料を支払ったのかが分からなくなってしまった。しかしながら、隠れて厚生省の役人が国民の積み立てた保険料を無駄な事業(グリーン・ピアなど)に使っていたことを忘れるべきではない。保険金の支払いが遠い将来であるのをよいことに、社会保険庁は無駄な施設の建設やその他の無用な事業に資金を注ぎ込み、みずからの天下り先を作りつづけていった。年金福祉事業団がその筆頭である。厚生官僚は国を衰亡の危機に追い込む大罪を犯した、きわめて悪質なタックス・イーターであった。

<財投対象機関等>

・さて、ひとしきり公企業について説明してきたわけだが、行政改革の困難のひとつの現れであろうが、よくぞこれほどまでに膨大な数の法人が公的性格をもつと認められ、国費(税金)が投じられてきたものである。問題の所在は明らかだが、一般会計、特会、税制、財投、国債、地方公共団体、公共目的の各種法人は、非常に入り組んだ複合体を構成しており、資金も複雑に流通しているため、これを解きほぐして実像を明らかにすることは容易ではない。

<鉄のトライアングル>

<それぞれのメリット>

・国会議員が当選回数を重ねて、選挙区での得票も安定してくると、勉強する時間ができるようになる。そして、所属の委員会や派閥の都合、支援団体の関係から、何らかの専門分野といえるものを持つようになる。そうして知見が増し、専門家となり、政策能力も高くなっていくと、担当官庁との密接な関係づくりに勤しむようになる。このようにして形成されたのが政官業の「鉄のトライアングル」である。おそらくこれは自然発生的に徐々に形成されていったもので、究極の形に完成したのは田中内閣の頃であった。

 鉄のトライアングルは、三角形の頂点にそれぞれメリット(旨み)がある。

 族議員にとって、業界団体は集票機構となり、かつ集金機構となる。1994年の政治改革4法のうちの政治資金規正法以前は、裏ガネで政治資金を集めるのに便利な仕組みであった。集票機構としての価値はいまだに残っている。

・官僚にとって、族議員は法律の国会通過、予算の獲得などについて援助が得られるうえに、関連業界は退官後の天下り先の確保に極めて重宝する。天下りは重要な人生設計の一部である。それだけに、特殊法人改革の際の官僚の抵抗は凄まじかった。

 関連業界にとって、予算では補助金、税制では租税優遇措置を獲得するチャンネルであった。また、自らに有利な法規制を導引させる重要なパイプとなった。とくに「参入規制」が重要で、これによって超過利潤を生み出し、利益誘導のメカニズムを維持できる。

・ここには国民の利益を図るという考えは微塵もなく、族議員にとっては自らの権勢と私利私欲、そして支持者への利益誘導が、各省の官僚にとっては国益よりも省益、さらに言えば局益と自らのキャリアパスが、関連業界にとっては収益が優先していたのである。

<アンシャンレジーム>

・「鉄のトライアングル」の形成によって、霞が関の官僚群でも頭一つ抜け出していたはずの大蔵省は財政をコントロールする力を失っていった。トライアングルの中核は族議員であるが、族議員を動かしていたのは、結局のところ、各省の官僚であった。各省の官僚は予算獲得が最大の眼目であるから、大蔵省を抑え込むのに族議員を使ったのである。その見返りに自省の天下り先にも必ず一人は大蔵官僚を受け入れるようにしていた。財投機関は財政・税・財投・民間資金のすべてを大蔵省に依存していたから、この受け入れにはメリットがあった。「鉄のトライアングル」はカネの流れにパラレルの構図で展開され、結局、すべての要素が大蔵省から財政コントロール権を奪うことに注力されていたのである。

<政治とカネ>

族議員を中心とする鉄のトライアングルの問題は、究極的には「政治とカネ」の問題に行き着く。

国会議員の政治活動費の問題は地方議員の政務活動費の問題とともに、日本の政治全体にかかわる重大問題でありつづけている。その根底には、日本の多くの政治家にとっての主要な関心事が、政策の立案や実施ではなく、支持者への利益誘導であり、地位保全のための選挙であることが挙げられる。政治にカネがかかりすぎ、カネをかけすぎなのである。

・そもそも日本に小選挙区制が導入されたのは、英国において政治とカネが断ち切られている状況にならい、従来の金権政治の悪弊を正すためであった。筆者が英国に勤務していた頃、かの地の政治状況をつぶさに観察する機会を得た。英国は日本と同じく議院内閣制であり、官僚機構はキャリア・システムである。したがって、英国と日本とは類似性が高い。ただし、英国が日本と違うのは、党と政府が二分されていないことである。与党議員のうち政策能力が高く、党内での発言力も強い人材はすべて政府に引き上げられる。党内に残った議員は員数あわせのバック・ベンチャーでしかない(英国の本会議場では議員の座るベンチは階段状になっており、陣笠議員は後方のベンチに座らせる習いである)。

・英国の下院はすべて小選挙区制で600あまりの選挙区がある。そのうちの特定の選挙区は、二大政党のどちらか一方が勝利することが絶対的に保障されている。若手議員でとくに能力の高さを認められた者はそういう選挙区を与えられ、早くから特別扱いを受ける。そうして選挙活動に血道を上げる必要がなくなり、将来の閣僚候補として研鑽を積むことができるのである。このようなことであるから、政治家は官僚機構をうまく使いこなせるようになる。官僚の方でも心得ていて、与党と野党が入れ替わることがあっても、そのときどきの政府の政策方針に素直に従う。政権交代がスムーズに進むのはこのためである。

・当然ながら、こうした制度を導入したからといって悪弊が一掃されるわけではない。英国の政治も100年以上前には「腐敗政治」と言われた暗黒の時代があった。それを脱して今日があるのは、有権者の政治的叡智のゆえである。したがって、我々自身の叡智を磨かないかぎり、鉄のトライアングルはいつでも存在しつづけるのである。

<時代の変わり目に>

・日本経団連に代表される「財界」はいま、オールド・エコノミーの集まりといわれる。かつて日本の高度成長を支えた重厚長大型の企業群である。こうしたオールド・エコノミーは着実に地盤沈下が進行している。円高恐怖症にとらわれ、政府の財政出動が頼みの対症療法に終始し、潜在成長力の伸びを自ら押さえ込んでしまった結果である。かつて政府の保護行政によって農業で起きたことが、いまは製造業で起こっている。しかも近時は、会員企業や団体に「日本再興に向けた政策を進める政党への政治寄付」を呼びかけるなど、およそ時代と逆行するような動きさえ示している。


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by karasusan | 2016-12-01 13:59 | その他 | Comments(0)